水曜日, 10月 23, 2013

EVF勝負の時代が来るか

 前回も書きましたが、一眼レフと競合するミラーレスが出てきました。それではこの先を予測すると何か起きるのでしょうか。私は最終的にはミラーレスに置き換わると思っていますが、一つだけ条件があります。それはEVFです。電子ビューファインダーです。これが現状よりももっと進化することではないでしょうか。もっと進化というのは、EVFのメリットを生かすということです。今までにもEVFと光学ファインダーを両方備えた機種がありました。これは、別の見方をすると、EVFが物足りないということです。

 一番気になるのは、リアルなイメージとの差です。ザラつき感やギラつき感でしょうか。もっとしっとりとした画像になって欲しいと思います。それと、応答や諧調も気になります。明るい部分によって暗い部分がつぶれてしまうとか、その逆のようなことが起きます。写す写真と同じようなレベルではEVFミラーレスは一眼レフに近づけません。もっと人間の目を研究する必要があると思います。

 更に注目しているのは、EVFにすることによりファインダーからの情報をカメラが取得できる可能性が広がることです。人間の瞳孔の動きを観察するには光学ファインダーよりも制限が少なくなります。人間の瞳孔の動きをみて焦点合わせの位置を選択したり、露出を部分的に変えたりすることが出来るはずです。

 光学ファインダーを取り外して、それに代わるものがEVFというのが従来の考えですが、EVFという新しい表現手段と、新しい入力パーツが得られたという発想があれば、可能性はもっと広がると思います。光学ファインダーに近づけるというより、EVFだからこそ実現できるような機能を入れることによって本当のミラーレスが完成するのではないでしょうか。

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木曜日, 10月 17, 2013

ソニーα7R、α7 Aマウントは消滅?

 ソニーがフルサイズのミラーレスを発表しました。α7Rは3640万画素で、ミラーレスとしてEVF(電子ビューファインダー)を搭載しましたので、完全に一眼レフの領域に踏み入れたことになります。今までは、一眼レフを共食いしないようなスタイルがミラーレスへのスタンス(一眼レフを持ってないメーカは最初から一眼レフを喰おうという姿勢)でしたが、ソニーはAマウントとぶつかる領域に足を踏み入れたわけです。というより、Aマントが無くなるのは時間の問題です。おそらす、α7のスタイルでこれから低価格モデルを出し来ると予想されます。

 もともとソニーのAマントは一眼レフとは言えないものでしたし、シェアー的にも苦しい状況でしたから、一眼レフと競合する製品を出すことに殆ど戸惑いは無かったと思います。ミラーレスが出てきた時に、いずれこういう方向に行くとは思っていましたが、思ったよりも時間がかかったというのが私の印象です。

 ミラーレスはコンパクトの形から入ったのですが、私はコンパクトのようにファインダーレスで一眼を使う気にはなれませんでした。どうしてもブレが大きいし、狙った被写体からどうしてもズレてしまうからです。それに年を取ると液晶パネルは見ずらいし、明るいとことではさらに見づらくなりどうしよもないのです。そこにスマホのカメラ機能がコンパクトに重なってきたので、やはりカメラとしては御本尊(一眼レフ)の領域をなんとかしなければ立ち行かなくなるという危機感はあったのだと思います。

 一眼レフの2大メーカも追従せえざるを得なくなるでしょう。本格的一眼ミラーレスの戦いの火ぶたが切って落とされたとも言えます。

水曜日, 9月 11, 2013

OM-D E-M1とオリンパス一眼レフ撤退

 オリンパスがOM-D E-M1発表と同時に、一眼レフからの撤退を発表した。ミラーレスに資源を集中する。これで一眼レフは実質キャノン、ニコン、ソニー、ペンタックスの4社だけになったと言っていいが、おそらくソニーもその方向だろう。そもそもソニーの一眼レフは一眼レフとは言い難い。ファインダーは電子ビューファインダーになっており、『レフ』になっているのは、AFの為だけになっている。どちらかというと、ミラーレスに近いと言っても良い。つまり、本流一眼レフはキャノン、ニコン、ペンタックスということになる。オリンパスは一眼レフの新製品を発表したのは3年前であり、実質撤退していたに等しい状態であった。

 ところで、一眼レフの今後を占う上で見逃せないのが、像面位相差AFの存在。キャノンがEOS-70Dで一眼レフに初めて像面位相差AFを搭載した。交換レンズの制限はあるようだが、像面位相差AFの場合、一眼レフのミラーは機能しない。邪魔になってしまう。敢えて一眼レフのミラーを邪魔者扱いさせる像面位相差を入れたというのは、そのメリットがそれだけ大きいということだろう。しかも、中級モデルに搭載したことが大きい。この考えは、フラグシップ機以外にも敷衍すると思われる。つまり、今後の主流と見てよい。つまり、一眼レフのミラーレス化の流れが出てくる(ミラーが無くなるかどうかは別として)。

 以上のような観点から、オリンパスが一眼レフから撤退したというのは、非常に象徴的な出来事でもある。

月曜日, 9月 09, 2013

アンドレアス・グルスキー

 アンドレアス・グルスキー展を見てきた。圧倒的な迫力に押されっぱなしという印象で、見終わった後の何とも言えない疲労感をある意味心地よく感じた。ドイツの写真家でとにかくこの写真家は、細かい描写に拘っている。被写体の大半は、同じパターンの繰り返しのようなものが多い。そして、通常では考えられないような写り方をしている。通常では考えられないというのは、通常のレンズでは表現できない写真という意味である。全ての写真というわけではないが、多くは画面合成を使っているようだ。1点から撮っているものもあれば、カメラを並行シフトしながら複数の画像を合成しているものもある。それゆえ、圧倒的な精細度と同時に、不自然な絵でもある。それが最初に述べた疲労感ということに繋がる。

 面白いのは、訪れた人の多くの人(特に写真に関心がありそうな人)が、私も含めて『これどうやって撮っているのか?』ということをしきりに気にしながら見ている。寄ってみて、遠目にみて、また寄ってみて・・という行動に現れている。マクロな部分よりもミクロな部分に引かれてしまう。もうひとつ面白かったのは、殆どの人が会場で配られている出展リストに頻繁に目を落とす。通常の展覧会で出展リストを一所懸命見ながら展示を見るというのは未だかって見たことがない。むしろ殆ど見ないことの方が多い。今回の出展リストにはまばらに説明文が入っている。その説明文に出会えると安心できるのだ。説明のない場合は、作品番号から出展リストを探し、説明が無いと判ると少し落胆する。その繰り返しである。

 もともと私は、フォーカスが全面で合った写真が好きである。しかも精細度が高い程よい。クリアーな透明感のある写真に引きつけられるから、こういう写真はたまらない。ボケ味も時には良いが、好きという程ではない。何しろフォーカスがきっちり合っているのが良い。そして、美しさがあるのが大切だ。グルスキーの写真には造形美があり、そこを巧みに表現している。社会性などはどうでもよい。

 グルスキーの写真(アートと言った方が正確かもしれない)を見て改めて感じるのは、写真というものは人間の目と違った見え方をした時に引きつけられるということだ。多分、違った見え方の中にその被写体が持っている本質のようなものが強く表現されているからではないだろうか。

金曜日, 8月 30, 2013

レンズカメラ

 ソニーが近々『レンズカメラ』と言われている製品を発表するようだ。レンズとセンサーが一体になっており、それ自体には液晶がついていない。スマホに付けて使用すると、スマホの画面がファインダーになるという代物らしい。アイデアとしては面白いが、売れるかというと疑問だ。画質にこだわるのであれば、高級コンパクトや一眼を持つだろう。レンズを持ち歩いて必要になったらスマホに付けて撮るというのは私なら面倒に感じる。それになによりスマホのカメラの一番の不満は、起動の遅さだ。いちいちソフトを起動し、画面でズームなどを設定するのも、決してやりやすくない。シャッターだってタッチすると画面が揺れてしまって被写体からずれてしまうこともある。そんなことをしている間にシャッターチャンスを逃がしてしまう。だからスマホのカメラは時間があって、カメラを持っていなくて、画質はそれほどこだわらなくてよいという時にしか使わない。  とにかく、レンズカメラは私にとっては中途半端だ。だいたい、ファインダーの代わりに液晶画面を使うというのが好きではない(大半のコンデジも同じだが・・・)。特に私のように年を取った者には、近くの液晶画面を見るというのがつらい。遠くに離すと小さくて見えない。遠近両用のメガネを使っているが、正面では見えない。視界の下の方しか使えないから、顎を上げて液晶画面を見る(年寄りはだいたいこの恰好をして写真を撮る)。このスタイルはやたら疲れる。ファインダーならそういうことはない。ホールドもしっかりするので、ブレにくい。つまり、ちゃんとした写真を撮りたい時は、ファインダーを使いたい。そしていつでもすぐに写真が撮れることが大切なのだ。普段写真を撮りにどこかに行くときは、常時シャッターボタンの上に指を置いているのだから、液晶画面を擦っている暇はない。まあ、そういう時は一眼を持って歩いているが。  スマホに奪われたコンデジの市場を少しでも取り戻そうというのであれば、スマホとの違いをもっと出すことが重要とは思わないのだろうか?

土曜日, 6月 08, 2013

ビルカニンガム&ニューヨーク

 ニューヨークを中心に活躍するファッション写真家(本人は写真家ではなく、記録をしているだけだと)ビル・カニンガムのドキュメンタリー 「ビル・カニンガム&ニューヨーク」を見てきた。  ビル・カニンガムは、ニューヨークの路上で一般の人のファッションをスチルカメラで撮影し、ニューヨークタイムズにOn the streetというコラムを連載している84才のカメラマンです。清貧を貫き、パリの清掃員の真っ青の制服を着、食べることには全く無頓着、台所もトイレもない狭いアパートに住み、自転車でニューヨークの街を動き回ってファッション写真を撮っている老人です。興味のある方はhttp://www.bcny.jp/をご覧ください。  私はファッションのことは解りません。ビル・カニンガムという人を知ったのもこの映画があったからです。でも、この人の生き方にはとても共感するところがあります。好きなことをやっている、金に執着しない、見てくれにも拘らない、有名人というようなステータスにも関心がなく一切先入観を持たない。言葉にしてしまうととてつもなくつまらなくなってしまうのですが、こういう人だから共感するということではないのです。そういう人なら他にもいっぱい居ます。それよりも、彼の人間的な面とそれを引き出したこの映画そのものに共感するのです。  それは、監督がインタビューした場面で、『答えたくなければ答えなくてもいいです』と断った質問に対するシーンでした。その質問の一つは、毎週通っている教会に関するものでした。(あなたにとって教会とは?というような質問だったとおもいます。) 長い沈黙の後で、涙こそ見せなかったのですが、明らかに動揺していたのです。それまでのあくまでも明るく、嬉々として写真を撮り、皆に愛されている主人公とは対照的でした。  私は、そこに彼の長い人生の中での葛藤を見たのです。それは、捨てた者にしか理解できない葛藤かもしれません。そしてその葛藤に疲れた心を癒す場所、あるいは、葛藤に対する答えを導いてくれる場所として教会があったのではないかと思います。もちろん、そこは監督は敬意を払って教会までは取材の対象とはしてません。その必要もないでしょう。しかし、捨てることによって、初めて自分のやりたいことに徹することができたのですから、その代償は決して小さくなかったはずです。同じ質問の中になぜ結婚しなかったのかという質問もありました。彼にとっては、結婚も捨てる対象であったのだと思います。そこまで犠牲を払ってまで自由に生きることを選択しているのです。  なにもそこまでしなくてもというのが凡人の思いですが、それほどまでにしても、自分の好きなことをやりとおしたいというの姿勢を貫くために敢えて厳しい道を選んでいるのだと思いました。そしてそこを引き出した監督にも敬意を表したいと思います。

金曜日, 3月 01, 2013

GoPro

GoProというカメラが評判になっています。スカイダイビングやサーフィン、あるいは自動車レースなどに使われているようです。カメラの仕様はよくわからない(わからないといところが一番従来のカメラと違っている)がとにかく超広角で、前から操作するようになっているようです。自分のヘルメットなどにつけて、例えばスカイダイブ中の画像をネット経由で投稿するというような使い方だそうです。 

 こういうカメラというのは、一体どういう発想から出てくるのか不思議です。社長がサーファーだそうですから、自分の趣味が昂じた結果なのでしょう。でも、普通はそういうカメラを探すということはしますが、作って売ってしまうという発想には結びつきません。

 普通に考えると、この種の製品は単発かそれに近い形で終わってしまうと思ってしまいます。売れるとなるとすぐにいろいろなところが参入してきますから。それでも作ってしまうというところがすばらしいのです。

 また、決しておもちゃのような代物でありません。画像が非常に綺麗なのです。被写体はスポーツマンが身につけてますから、もうそれだけで迫力満点です。いわゆるカメラマンでは撮れない映像です。脱帽というしか他に言葉が見つかりません。

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日曜日, 2月 03, 2013

ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 写真展

 横浜美術館で開かれているロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家という写真展を見てきました。改めて、ロバート・キャパという人のすごさを感じました。単に、危険な場所に行って命を張って写真を撮るということではなく、必ずそこには人が居て、その人の気持ちや、置かれている状況を、一枚の写真の中に一瞬にして切り取ってしまうというすごさです。しかもその人を如何にも人間的なやさしい眼差しで捉えているのです。

 とにかく、人を撮ることに徹しています。写真展の写真の中に人が写ってないものは多分なかったのではないかと思います。そして、上でも述べたようにその人と一緒にその人が置かれている状況を表すものを必ずと言っていいほど一緒にフレームの中にある時は大仰に、ある時はさりげなく入れ込んでしまいます。それは、写真を撮る技術やテクニックということではないと思います。そういうものはあまり感じられません。数少ないポートレートの中にはそれらしきものもありますが、大半は、そういう小賢しいものとは無縁であることを感じさせます。そして、なによりも見る人を写真がひとりでに語り出しているような錯覚に陥れてしまいます。

 カメラやレンズにしても、当時は今とは比べようもない程制約のあった時代ですから、その中で、これだけの密度の濃い作品をたくさん残せたというのは、本当にすごいとしか言いようがないのです。

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日曜日, 1月 27, 2013

フィルムでしか表現できないもの

 昨日の日経新聞に、映画のフィルムが無くなり、一部の監督さんから大切な表現手段がなくなってしまったということが書かれていました。写真も同じようなこと言えます。未だにフィルムに拘って写真を撮り続けている人もいます。

 しかし、新聞に書いてあったのは、デジタルではどうやっても表現できないということではなかった。むしろデジタルでは後でなんとでも加工ができてしまうので、撮影の緊張感が無くなるとか、選択肢が多くなりすぎるとか、デジタルをコントロールできるノウハウがない、などという消極的見方が主体でした。フィルムの方が優れているという理由ではない。中には、デジタルには中身がないなどという意見もあり、ここまでくると何をかいわんやである。その他にも、『フィルムは粒状性があり、光の影を描くことができる、見る人の想像力をかきたてる・・・』もはや宗教の世界である。写真に限れば、特殊な芸術写真は粒状感を強調することもあるが、一般的には粒状感は邪魔者扱いになっている。ネガのプリントなどは、わざわざ粒状感を出ないように処理している。ネガそのものを見るとはるかに解像度があってキレが良いが、プリントにするとそれをボカしてしまってきたのが今までのフィルムに対するスタンスなのです。

 確かにフィルムは光の深さ方向(諧調)がデジタルよりも深いかもしれません。それが関係するような被写体もあるには違いない。しかし、デジタルも以前に較べればはるかに明るさのレンジは広がってきています。デジタルが黎明期であったころのプリントは、ノッペリした写真が多かった。明らかに諧調が不足していたので、それを無理やり補正していたのでしょう。しかし、最近はそういう写真は見なくなりました。

 私は何もデジタル信奉者ではありません。しかし、フィルムに拘る人々の上のような理屈にはついていけません。フィルムの信奉者から、もう少しまっとうな意見を聞きたいものです。このままではフィルムが無くなるのは間違いの無いことでしょう。フィルムカメラがただの置きものになってしまう時は、時々刻々と近づいてきているのです。フィルムだからこんなこととが出来る、だから高くてもフィルムが有り続けて欲しいという考えが通るような説得力のある意見が聞きたいものです。

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水曜日, 1月 09, 2013

サムソンの3D・2DカメラNX300

 サムソンがCES2013で2D/3D兼用のミラーレスNX300を発表しました。サムソンのカメラは日本では殆ど売られていませんから、国内では注目されないのですが、やる気は伝わってきます。個人的には3Dはあまり関心はないのですが、注目すべきは交換レンズで切り替えが可能ということ。方式は発表されておりませんから解りませんが、従来の3Dカメラは2つのレンズを搭載するというのが基本でしたので、なかなかチャレンジャブルな製品です。

 むしろ、こういう製品が日本のカメラメーカから発表されないのがおかしなことです。製品でなくても良いのですが、せめて試作品で発表する位の気概が欲しいものです。それともデジカメは既に成熟商品になってしまったというのでしょうか。

 サムソンは半導体や液晶に次いでスマホとタブレットを事業の柱にしてきました。しかし、それだけでいつまでも利益が出せるとは思ってないはずです。その次の稼ぎ頭とまでは言わなくても、確実に利益の出せる製品を追い求めているはずですから、これからの展開に興味があります。少なくともカメラ向けの光学という障壁は乗り越えつつあるのではないでしょうか。そこさえクリアーできれば、残った領域はむしろ日本のカメラメーカよりも得意であり、また部品の供給にも非常に有利な立場にいるということは明らかです。ミラーレスはサムソンにとっては格好のターゲット製品になっているということでしょう。

 2月にはCP+が開催されますので、斬新なカメラが出てくることを楽しみにしております。

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水曜日, 12月 19, 2012

一眼レフの下克上

 デジタル一眼レフの新しい機種と古い機種を比較していて気がついたことがあります。発売するタイミングによって、上位機種より下位機種の方が高い性能になっていることはこれまでにもありました。

 しかし、上位機種と下位機種を比較して、さほど大きな差がないことにも気がついたのです。もともと一眼(レフ)はレンズは別ですから、本体のみの比較になります。本体の最重要部品はセンサーですが、これは下手をすると上述したように逆転現象が発生しています。逆転していなくても、画素数では同程度になってしまっている場合が結構あります。上位機種だから画素数が多いというわけではありません。

 画像処理エンジンも上位機種と同じものを搭載している場合が結構あります。むしろそのことを売りにしているようです。

 そうすると、本体の機能の差だけになってしまうのです。ところが、カメラですから、機能を値段に比例して設定するわけにはまいりません。基本的な機能は下位機種でも必須です。そうすると、付加的な機能でしか差を付けられないということになってしまいます。 例えば、ブラケッティングが出来るか出来ないかというような差です。それらは多くはソフト次第です。速写性能などは、使用している部品の差となっているとは思いますが、それも一般的な使い方ではそれほど使うものではありません。

 確かにこの傾向はアナログの一眼レフでもあったことです。しかし、アナログ時代は、頑健さであるとか、耐寒性能であるとか、ちょっと普通ではない使い方が高級品にはありました。デジタルではもともと電気回路の都合で動作環境はどれも同じです。本体もプラスチックの多用でそれほど差はありません。

 要はハイエンド製品は特殊な使い方、ローエンド製品は一般的な使い方ということのようです。私の場合は特殊な使い方は殆ど無いので、ローエンド製品で十分すぎるのです。その分、レンズに投資したいと思います。

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日曜日, 11月 11, 2012

画素数と被写界深度

 画素数が多いということは、解像度が高いということと同義であると思うのが普通です。コンデジは別として、ここでは一眼カメラを対象とした記述とします。従って、レンズなども一定以上の性能があるという前提です。

 まず、画素数とレンズの能力について確認しておきます。もっとも一般的なAPS-Cサイズセンサーのカメラに限定します。現状ではAPS-Cセンサーのカメラで最高の画素数は2400万画素です。これはセンサーのサイズとして、3.9ミクロンになります。ただ、解像度を決める緑の画素は1画素置きにしか配置されてないということと、偽色の防止のためのローパスフィルターが存在しますので、センサーの分解能としては6ミクロン程度と思われます。一方、レンズの解像度はFナンバーで決まります。6ミクロンの解像度になるFナンバーはおおよそ9ですから、F9よりも明るい絞りで使う分には解像度を気にする必要はないことになります。また、逆にもっと明るいレンズを使ってもセンサーの制約があり解像度は上がりません。

 なるべく高い解像度で写真を撮りたいという時に、気をつけなけらばならないのはボケです。もともと、ボケ味を楽しむ写真であれば良いのですが、ボケて欲しくない写真の場合、被写界深度がどれだけあるかということを知っておく必要があります。被写界深度を求めるには、最小錯乱円の直径(CoC:Circle of Confusion)を決めておく必要があります。一般的に最小錯乱円直径は35ミリフィルムカメラの場合は0.03ミリとい数値が使われていますが、これはフィルム対角の約1500分の1に相当します。厳密には写真の見方(使い方)などによって違ってくるはずです。同じ定義ではAPS-Cセンサーのデジカメで同じ数値を用いると約0.02ミリ(20ミクロン)という数値になります。しかし、これはデジカメに適しているとは言えません。なぜなら2400万画素のセンサーが3.9ミクロンのピッチで出来ているのですから、20ミクロンのボケまで許してしまうというのでは、高分解能センサーを使う意味がなくなってしまうからです。

 そこで、最小錯乱円の径をセンサーの分解能6ミクロンの1.5倍の9ミクロンに設定してみます。その条件で1メートル先の被写体を焦点距離60ミリ開放F4のレンズで写すと、被写界深度は幅で18.8ミリという値になります。これはかなり厳しい値です。被写体の凸凹はもちろん、カメラが少し傾いただけで被写界深度をはみ出してしまいます。なにしろ幅で18.8ミリということは片側では9.4ミリしかマージンがないわけですから。

 ではどうすればよいかというと、絞るしか方法はありません。無限遠の被写体でF9まで絞れば、被写界深度は43.2ミリまで拡大します。 

 何を申し上げたいかというと、画素数を大きくして解像度を上げようとすると、単に露出だけで絞りやシャッター時間を決めればよいということではないということです。当たり前ですが、絞り優先以外のオートでの撮影は無理です。

 被写体の凹凸を見て、カメラのセッティングの誤差やフォーカスの誤差も考慮した上で必要な被写界深度を求め、それに見合った焦点距離のレンズや絞りを選択する必要があるということです。 もっと別の言い方をすると、2400万画素のカメラを最高の性能で写すのはとても大変なことだということです。画素数が多いということは難しいことも多くなるということです。

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火曜日, 11月 06, 2012

多すぎるカメラ機種

 最近のデジカメの品ぞろえが混乱してきています。特に一眼系にその傾向が見られます。もともと一眼カメラはレンズでは差が付けられないため、ボディだけでバリエーションを出さなければならないわけですが、センサー以外ではそれほど大きな差をつけるが難しと思うのです。AFの点数を多くするとか、露出を決めるポイントを多くするというようなことでの差別化が出来ますが、感度はセンサーで決まってしまいますし、シャッタースピードだってセンサーに依存します。 

 そうなるとセンサーで差を付けたいのですが、センサーの画素数もそろそろ限界に来ています。また、新製品は従来製品より性能が向上しているのが当然ですし、競合の性能と同等か上回っていることが必要になります。結果として、新しい下位機種が上位機種よりも高いパフォーマンスになってしまうという逆転現象が起きることになります。ある程度時間がたてば上位機種も性能的に追いつくことはできるのですが、更に高い性能にしようとするとセンサーの性能を上げる必要が出てきます。

 ただし、センサーの性能は徒に上げてよいということではないはずです。画素数をやたら上げても意味がなくなってきているからです。結果としてボディーの基本性能は殆ど横並びになってしまいます。今までの考えが入門機、中級機、高級機というのが一般的だと思うのですが、センサーの画素数はどれも同じか、下手をすれば逆転しているということになるわけです。

 要はカメラの機種が多すぎるのです。たまにしか使わないような機能を入れて差別化を図るというのは、どう考えても不健全です。そいうものはフラグシップ機にあれば十分でしょう。それよりも、機種を絞り込んで、もっと斬新なカメラを開発して欲しいものです。

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土曜日, 10月 13, 2012

カメラの解像度は値段次第?

 カメラの解像度というのは、カタログなどを見ても書かれておりません。一眼レフのレンズの性能を見ても、解像度という項目はありません。考えてみれば不思議なことです。レンズで像を作るのですから、どの程度の細かいものまで写せるかというのは、基本的な性能のひとつでです。フィルム時代は、カメラだけではなくフィルムの解像度というものも含まれていたので、ある意味ではカメラメーカは解像度という定義から逃げていたと言っても良いかもしれません。

 ところが今はデジカメの時代です。ごまかす要素は無いのに、フィルム時代と同じ表現しか使われておりません。 実際にカメラを使ってみると解像度が悪くてがっかりしてしまうことが結構あります。カメラやレンズを購入する時に、解像度という項目が無いので、レンズのFナンバーを目安にするのですが、これがあまりあてになりません。あてにならないというのはFナンバーの意味としてあてにならないということではなく、Fナンバーと解像度が結びつかないということです。

 どういうことかというと、面内での不均一な解像度の分布などがあり、Fナンバーでは規定できない誤差があるということです。専門用語では収差と言います。不均一性というのは、木や森などを撮ると解ってしまいます。部分的にボケたようなイメージになりますから、L版程度の大きさにプリントしただけでもわかってしまいます。下に例をしめします。画素数をカットしておりますので、全体の画像ではわからないと思いますが、下の写真は中央と右端と左端を拡大(縦300画素分)して並べたものです。F8、1/160秒、F2.6、iso80、カメラは1600万画素のコンデジ
 一眼レフの場合は、レンズの仕様にMTF曲線のデータが表示されていることが多いので、少しは参考になりますが、MTF曲線を見ても解像度が良いのか悪いのかよほど慣れた人で無い限りすぐには判断できません。

 結局どうするかというと、評判か価格で判断するしかないということになる。もう少し判断材料を提供してくれれば助かるのですが、残念なことです。 一万円程度で売られているのデジカメの仕様と5万円のデジカメの仕様を見較べても、写り具合には何の差もないとしか思えないような表現の仕方ですから、買った方は騙されたと思ってしまいます。 ついでですが、撮影サンプルというのも、あてになりません。結局あてになるものは無いので、価格で判断するしかないわけですが、価格が高いから絶対に大丈夫かと言われたら、自信がありませんが、文句は言いやすいですよね。

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土曜日, 10月 06, 2012

デジカメセンサーサイズの行方

 デジカメのセンサーは今後どういう方向に進むのでしょうか。コンパクトは現状並みの小型から大きい方向に移行しそうでです。それは、携帯カメラとの差別化が必要になるからでしょう。一方一眼はどうでしょうか。一眼を使うユーザは、単にレンズ交換できるということだけではなく、ボケ味を求めています。コンパクトと何か違うものがあるとすれば、やはりボケ味でしょう。  ボケ量は、F値が同じなら同じ大きさに引きのばした場合、レンズのF値に反比例し、センサーサイズに比例します。フルサイズセンサーのカメラのボケ量を1とすると、APS-Cサイズのカメラのボケは0.7(1.5分の1)、フォーサーズ規格のカメラのボケは0.5(2分の1)、1インチサイズのカメラのボケは0.3(3分の1)、コンパクトカメラ(1/2.3インチセンサー)では0.15(6分の1)のボケになります。  従って、フルサイズの一眼レフと同等のボケ味を楽しむには最低限でもフォーサーズサイズ以上のセンサーが欲しくなると思われます。もし、センサーサイズを小さくした場合は、ボケを大きくするにはF値を小さくする必要がありますが、その場合は、交換するレンズのすべてについてコストが上がってしまいます。  また、画素数は多くなることはあっても少なくなることはないと思います。従って、感度面でもセンサーサイズを小さくすることは不利になるはずです。  唯一、小さなセンサーで可能性が出てくるのは、ソフトや画像合成によるボケの生成でしょう。像面位相差方式のAFが主流になれば、ある程度被写体までの距離が把握できます。それによって画像のボケをコントロールすることが原理的には可能になります。また、焦点をシフトさせた画像を合成するという方法だって可能性はあると思います。ただ、本当に自然なボケ味を出すのは決して容易ではないでしょう。 ホーム     

木曜日, 9月 27, 2012

カメラのISO感度、推奨露光指数、標準出力感度

 デジカメのISO感度ほど当てにならないものはありません。なぜかというと、定義が甘いからです。業界団体が作った定義ですから、当然なのかもしれません。どういう点が甘いかというと、ノイズとの関係が定義されてないからです。出力レベルだけで定義していますから、デジカメの場合電気的な利得(ゲイン)を上げてやればいくらでも感度が上がってしまうのです。しかし、実際には高い感度で撮影するとノイズが多くて非常に汚い写真になってしまいます。 

 カメラの仕様には標準出力感度とか推奨露光指数という項目があります。最近は昔のカメラに比較して1ケタ大きな感度が記載されております。標準出力感度25600という数値を持ったカメラが販売されるようになりました。センサーそのものは基本原理は変わっていません。それどころか、画素数がますます増えてきて、1画素の面積がどんどん小さくなっているのに、感度がどんどん上がっているのです。普通に考えれば感度はどんどん悪くなるはずです。

 感度の向上は画像処理エンジンと呼ばれる半導体チップの性能向上に負うところが大きいようです。しかし、上でも述べたようにノイズとの関係が曖昧ですので、高い数値を提示するメーカもあれば、比較的に慎重な数値を出すメーカもあります。ですから、結局あてにならないのです。HPなどで見かけるサンプル写真を見ても、大半のメーカは感度100当たりで撮ったサンプルしか出していません。25600という数値提示しているカメラでも25600で撮ったサンプルは出していません。出していないということは、多分とても出せる代物ではないと解釈していますが、せめてノイズの量(SN比)位は数値で出して欲しいものです。

 下に、5つのメーカの今年発表されたカメラ(一眼)の感度の比較を示します。このグラフは、各カメラISO感度最高値を1画素の面積で割った値です。単位面積当たりの感度ということです。どのカメラも基本はフォトダイオードがセンサーになっていますから、それほど大きく変わるものではないはずです。ABCDEはメーカ毎の値です。D社はケタ違いに大きな値を提示しています。D社を除いても、4倍程度のバラツキがあります。もっとも控え目なのはC社です。ISO感度の数値が一段で2倍(例えば3200の次が6400という具合)違いますから、2倍のバラツキは仕方がありません。それにしてもメーカでこれだけ差があるというのは驚きです。

 上でも述べたようにセンサーの原理は基本的にどこも同じです。従ってセンサーそのものはどのメーカでも同じ感度と言っていいと思います。あとは画像処理エンジンの能力ということになりますが、それもそんなに極端に差が付くはずがありません。ですから、私は現在は大きい数値を出すメーカは正直ではないメーカと解釈しております。
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木曜日, 9月 20, 2012

一眼からストロボが無くなる日

 先日キャノンのEOS6Dが発表されました。6Dには内蔵ストロボがありません。既にキャノンはフルサイズの一眼に関してはストロボを外してきたので、驚きはありませんが、確実にストロボを外す方向に向かっているということでしょう。特にフルサイズの一眼ともなれば、プロとかハイアマチュアが使うカメラですから、内蔵ストロボを使うような撮り方はあまりしないと思います。もしあったとしても、暗いストロボでは近距離にしか使えませんから、スナップ写真程度であり、わざわざフルサイズの一眼で撮るようなものでもないという割り切り方だと思います。  今のところAPS-Cサイズセンサーのカメラには搭載していますが、ミラーレスのEOS Mでは外してしまいました。  背景には、センサー感度が上がっているということもあるかと思います。ストロボ無しで写せる領域が広がっているのは事実でしょう。また、多少ざらついたとしても、使い手がFullサイズに拘るようなシビアーな人ではないわけで、ある程度許容されると考えているのかもしれません。チャチな内蔵ストロボよりも、しっかりしたもので写した方が写真としては良いものが撮れるという考えとも受け取れます。  もともとストロボ内蔵というのはコンパクトカメラからスタートしたものでした。一眼レフが一般的になったことでストロボ内蔵という方向が定着したわけですから、原点に戻ったということでもあります。  思い切った考えですが、ひとつの見識かなと思います。
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土曜日, 9月 15, 2012

高級コンパクトソニーRX1、RX100


 ソニーから12日にコンパクトカメラ2機種が発表されました。いわゆる高級コンパクトカメラです。コンパクトカメラがスマホに押されて採算が悪くなっており、高級品にシフトしている流れがあるようです。意地悪な言い方をすればカメラとしてはニッチ市場へ逃げるということらしいです。

 2機種のうち、RX1は市場予想価格が25万円と、とてつもなく高いものです。センサーは35ミリフルサイズのセンサーを用い、2430万画素。レンズは単焦点(35mmF2)。富士フィルムのX100を意識した製品と言っていいでしょう。但しX100はAPS-Cサイズのセンサです。

 一眼レフ、ミラーレス、固定焦点コンパクト、ズームコンパクト・・・一体カメラはどこへ行くのでしょう。どこかに収束させなければならないということではないのですが、それぞれの分野が混然としてきた感があります。一眼レフにしか使われないと思われていたフルサイズのセンサーがコンパクトに使われたり、一眼レフとミラーレスの境界があいまいになり、安いズームコンパクトはスマホに追いやられ、ミラーレスにも小型センサーが採用され、多分ミラーレスにもフルサイズのセンサーが搭載されるようになり・・・という具合で、境界があいまいで実に混沌としてきたと感じています。

 ただ、はっきり言えることはレンズ固定の単焦点カメラは絶対にメジャーな存在にはなりえないということでしょう。カメラは、いろいろな焦点距離で撮影できるというレンズ交換式一眼レフに進化、コンパクトはズームが標準になり進化してきました。この流れは変わらないと思います。そして、ボケ味やレンズの違いによる絵作りの楽しみ方求める人にはレンズ交換式、そうではない人にはズームコンパクトを提供するのが基本でしょう。

 今回の発表は、デジタルカメラの多様化の一環というふうに理解しています。ただ、一眼レフとかミラーレスという括りでは表現できない方向に動いているのは間違いないと思います。そして、多分画素数とかミラーの有無ということではなく、画像の品質でランクが分かれるような方向に向かっているのかもしれません。ただ、画像に品質に関しては、どのカメラメーカのスペック、業界団体の規格を見ても明確なものがありません。どうもレンズ屋さんというのは、こういうことは曖昧にしたいようです。

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火曜日, 9月 04, 2012

ギャラクシーカメラとカメラの使い勝手


 サムソンがギャラクシーカメラと称するアンドロイド搭載のカメラを発表しました。少し前にニコンが同じくアンドロイド搭載のカメラを発表していますので2番目です。その時、意味がよくわからないと書きました。その状況はいまもって変わっておりません。今回のカメラの特徴は4.8”という大型のディスプレイです。サムソンは携帯も大型ディスプレイを採用していますので、携帯にコンパクトカメラを搭載したようなものです。もちろん携帯機能は無いようですが。ニュースでもまるでスマホ?と書かれています。

 一方で、スマホの普及で、コンデジが売れなくなり、各社は高級機へシフトしています。

 コンパクトの居場所が無くなって、スマホにすり寄ったのがアンドロイドカメラ、高級機シフトがミラーレスということでしょうか。

 カメラとOSの関係でひとつ挙げられるのは、カメラの使い勝手の悪さです。そのあたりはOSを搭載することで、スマホ的に使いこなせるのであれば、良いことかもしれませんし、機種に依存せずに使えるような標準化が進めば、もっとユーザーフレンドリーなカメラになると思うのですが、如何でしょう。

 どんな製品にしても、とにかくユーザーインターフェースにはいつも悩まされます。そこを携帯電話で抜本的に解決したのが、iPhoneでした。カメラの場合、しばらく使っていないと使い方が分からなくなってしまう場合が結構あります。直感的に使いこなせる方法をカメラももっと追究して欲しいですね。カメラだけではありませんが。

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日曜日, 9月 02, 2012

潮風と文庫本


 まるで、文庫本の宣伝のような絵になってしまいました。こんな明るいところで本を読んだら、目が痛くなってしまだろうと心配してしまいます。でもサングラスかけてますから、慣れておられるんでしょうね。


 なんか、こういう風景の中で潮風に吹かれながら一人文庫本を読むというのは恰好いいです。やってみたいと思うのですが、多分サマにならないでしょう。

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