木曜日, 4月 05, 2012
二次元で距離の測れる画像センサー(ToF)
最近のニュースで面白い記事がありました。CMOSのセンサーですが、被写体までの距離が計測できるセンサーが開発されたそうです(サムソン)。3Dではありません。センサーひとつで被写体までの距離と従来の二次元の画像の両方が読み取れるのです。被写体にいろいろな距離の画像が含まれている場合(普通の写真では当たり前です)、それぞれの被写体までの距離が求められるそうです。
このセンサーがカメラに搭載されるとカメラにはオートフォーカス検出が不要になるかもしれません。また画面内の全ての被写体までの距離が求められますので、画像と組み合わせて新しい応用分野が開発されるかもしれません。
原理は、LEDの光を照射し、帰ってくるまでの時間差を計測するというToF(Time of Flight)というものです。国内でも静岡大学などで以前から研究されているようです。
実用レベルに達するまでには、まだまだ時間が必要と思われますが、今後注目して参りたいと思っております。
木曜日, 2月 23, 2012
人の心をいやすこと
日経新聞の、十選というコーナーに写真家ハービ一山口氏選んだ絵が連載されている。今日はローレンス・アルマ・タデマの見晴らしのよい場所という写実絵の紹介であったが、その中に氏の言葉、『芸術は人の心をいやすこと』という言葉が目にとまった。
芸術というと如何にも敷居が高い印象を受けるので敢えて芸と言うが、芸というものの本質はそこにあるのではないかと思っている。自己の満足に走るのではなく、人の心を癒すことにこそ真の芸の価値が存在すると思える。
芸は人間の生活にとって必須のものではない。働いて、食べたり着たり雨露凌ぐ場所を手に入れたりすることは本質的に人間に課せられたことではあるが、それだけでは耐えきれないこともあるのが現実。芸はそういう人の心をいやし、生きて行く活力を与えてくれるものなのだろう。戦国の武将が戦いの日々のなかでも芸を愛して止まなかった理由も同じようなところにあったからではないか。
写真も撮る人がその行為で癒されればよいし、芸としてそれを生業とするのであれば、人の心をいやすことができる写真が撮れることが必要なのだろう。(終わり)
芸術というと如何にも敷居が高い印象を受けるので敢えて芸と言うが、芸というものの本質はそこにあるのではないかと思っている。自己の満足に走るのではなく、人の心を癒すことにこそ真の芸の価値が存在すると思える。
芸は人間の生活にとって必須のものではない。働いて、食べたり着たり雨露凌ぐ場所を手に入れたりすることは本質的に人間に課せられたことではあるが、それだけでは耐えきれないこともあるのが現実。芸はそういう人の心をいやし、生きて行く活力を与えてくれるものなのだろう。戦国の武将が戦いの日々のなかでも芸を愛して止まなかった理由も同じようなところにあったからではないか。
写真も撮る人がその行為で癒されればよいし、芸としてそれを生業とするのであれば、人の心をいやすことができる写真が撮れることが必要なのだろう。(終わり)
土曜日, 2月 18, 2012
ミラーレスはパンドラの箱か?
日経エレクトロニクスの最新号に、『ミラーレスはパンドラの箱』という記事が載っていた。ミラーレス化により、①各種制約がなくなって一眼レフではメジャーになれなかったメーカが台頭すること、②そのために一眼レフ同等又はそれを超えた機能が搭載されつつあること、③コンパクト機が一方でスマホと競合しもう一方でミラーレスと競合し生き残りを模索せざるを得なくなっていること、④一眼レフの市場も食われてくること などでパンドラの箱を開けたという表現になるのだろう。
ただ、これは如何にも日本的な考え方と言っていいのではないか。パンドラの箱という表現はマイナスイメージが強い。筆者もプラス面を強調しているが、如何せんパンドラの箱と言ってしまえばそれが全てをもの語ってしまっている。
以前から何度も書いているが、流れはミラーレスにある。少なくともこの流れを積極的に攻めたメーカが生き残る。特に今後は海外メーカが大挙して押し寄せてくると思っていた方が良い。一眼レフまではカメラは日本のお家芸であった。しかし、ミラーレスの出現でその時代は終わった。カメラは光学があるから海外は追いつけないというのは理由にもならない。現に多くの日本メーカが海外でレンズも生産している。
もっと考えられるのは、ボディ互換メーカが出てくる可能性すらある。一眼レフはレンズ互換メーカが居て、各社用のレンズを安く供給していた。中には本家本元より良いレンズを作っているところすらある。この逆で、ミラーレスはもはや精密機械ではなくなった。本体はもうエレクトロニクスのみと言っても良い。そうなると、システムの開発能力の差が出てくる。レンズは安いものからツァイスに代表されるような高級なものまでいくらでもある。それさえ外部調達すればなんとでもなる。
私は、日本的な考え方ではカメラもテレビと同じ運命をたどると考えている。まあ、ニッチな一眼レフ(日経エレクトロニクスでは、一眼レフはニッチに領域になると言っている)だけは残るだろうが、その結果どうなるかは火を見るより明らかである。下手をすると、国産ミラーレスもニッチな領域に追い込まれるかもしれない。
追いついてくるものを意識する暇があったら、来るべき時代の製品を考えていた方が良い。カメラは、ある意味では現時点でどこかが抜きんでているということはない。ミラーレスと言えども、一眼レフからミラーを外したレベルである。本当にこれから市場をリードして行くのであれば、今のミラーレスの延長では生き残れない。もっとユーザの使い勝手を追求する必要があるし、デザイン性もなんとかしてほしい。物づくりさえしっかりしておれば売れるという時代では無くなった。アイデアと対顧客において妥協を排した製品でなければ生きては行けない。これは欲しいと思わせる何かが必要になる。そこに最初に手を伸ばすのはどこのメーカであろうか。
金曜日, 2月 10, 2012
CP+
昨日、CP+に行ってきました。
最初に感じたのは入場者の持っているカメラでミラーレスが増えたことです。もちろん一眼レフは多いのですが、予想以上にミラーレスを持っている人が増えたことです。直前に、オリンパス、ペンタックスの新ミラーレスが発表されたということもあって、ニコンの一眼レフ新製品とともに人だかりがしてました。逆に気になったのがキャノンです。一眼レフは1DXが10月に発表されただけで、ミラーレスは相変わらずダンマリを決め込んでいます。ちょっと最近のキャノンはおかしい感じがします。だから社長が変わったのでしょうか。
昨日の新聞でも、ミラーレスが一眼レフの販売台数を超えたという報道もありました。ミラーレス化はもう止まりようが無いという状況です。気のせいでしょうか、一眼レフがやたら大きく見えてしまいます。ミラーレスのコンパクトさはやはり魅力です。
全体的に、まだカメラは活況という印象です。日本メーカがシェアを持っている数少ない産業の一つということになります。せめてカメラぐらいはお家芸として残して欲しいものです。
月曜日, 1月 30, 2012
ミラーレスの行方
キャノンを除いてミラーレスがほぼ出そろってきたわけですが、業界の方向性は2つの流れに分かれてきました。ひとつは、一眼レフに代わる高画質という方向、もうひとつは、一眼レフとは一線を画しレンズ交換式のコンパクトという方向です。これは、各社の従来の製品戦略と非常に強い関係があって興味深いことです。一眼レフに力を入れてきたメーカは、後者の戦略を取っているいるようです。当然かもしれません。一方で、一眼レフを持たないメーカあるいは一眼レフを持っていてもシェアー的に劣勢に立たされているメーカは前者の戦略を採っています。ミラーレスで一気に逆転を狙おうという姿勢です。
この流れで行くと、キャノンは後者の戦略を採ると考えられます。後者の戦略は、コンパクトカメラの利益率の低さということも背景にありそうです。スマホに市場を奪われているという現実もあると思われます。当然、レンズ交換式にすれば価格は上がりますから利益に貢献することになります。しかも、レンズ単独でのビジネスチャンスも広がるということになります。また、海外勢力の参入障壁も高くなります。
ただ、どちらの戦略も市場の声が入ってないのが気になります。そして未だに斬新なカメラは出てきてないとも思います。ただ、ミラーレスの存在が大きくなってきていることは間違いない事実です。
月曜日, 1月 16, 2012
コダック上場廃止か
少し前のニュースですがコダックが危なくなっているようです。
コダックと言えば、コダクロームが頭に浮かびます。一眼を買って、最初に買ったフィルムがコダクロームでした。コダクロームを使っているということが、喜びであり誇らしくもあったのです。今でもその時に撮ったフィルムが残っていますが、30年以上経っても殆ど色あせしてません。ポールサイモンの歌にも出たきたこのフィルムは、まさに一世を風靡したフィルムであったと言っていいでしょう。
フィルムだけではなく、プリントも好きでした。同僚からカメラ店でわざわざ東洋現像所に依頼するということを教えてもらって、いつもそうしていました。そんかことが頭の中をよぎって行きます。
それが無くなってくなってしまうとしたら、実に寂しいことです。
デジタル化の波に乗り遅れたということでしょう。スチル写真も殆どがデジタル化し、ムービーもデジタル化されてしまったので、フィルムだけではどうしようもないという状況です。デジカメも売ってはいましたが、とても本腰を入れて開発していたとは思えませんでした。
成功は失敗の序章だったのです。
フィルムがどこかに移管されるのかどうかわかりませんがフィルム派にとってはますます選択肢がなくなることになりそうです。いくらなんでも、フィルムをこれ以上継続生産するというのは無理があると思います。写真ではない世界で、フィルムの技術を展開できればまだ生き残る余地はあるように思います。ブランドも残るのかもしれません。しかし、それはもはやあのコダックではないでしょう。それは仕方のないことです。人と同じで、企業だって永遠に続くものではないと思います。いつかは終焉の時が訪れるのでしょう。それはまた新しいものを作りだす素になるのですから。
木曜日, 1月 12, 2012
ニコン D4
ニコンのフラグシップ機、D4が発表されました。キャノンの1DXのブログでも書きましたが、フラグシップ機というものの扱い方が少し変わってきたのではないかと感じます。プロ用のカメラ、それも特に報道向けのカメラという様相を帯びてきました。画素数を上げるのではなく、かといって携帯カメラ以下の画素では流石にフラグシップとは言えませんからそこそこの画素数(報道写真では、画素数はそれほど必要とされないのでしょう)、スピード重視(連写性能はスポーツ報道には重要)、画質重視という姿勢です。
このあたりの方向性は、プロの写真家(報道写真家を除く)とも違うような気がします。
全体的にみると、D3S(1200万画素、感度12800)→D3X(2450万画素、感度1600)→D4(1620万画素、感度12800)という変遷は、意地悪な見方をすると、迷いがそのまま表れているという感じがしないでもありません。
最初にも書いたように、フラグシップがけん引していく時代ではなくなったということなのでしょう。一眼については、プロ写真家・ハイアマチュア向け、報道写真家向け、中級アマチュア向け、初級向けというような目的・ニーズに応じたカメラの分類が必要になってきているということでしょう。同時に、いよいよ一眼デジカメの開発も大きな壁にぶつかってきたのではないかと感じます。過去の範疇では、ミラーレスへの置き換えが確実に進行しつつあります。それとは別に基本コンセプトの全く違うカメラが出現する予兆かもしれません。パラダイムの変革が起き始めているのでしょう。
水曜日, 1月 11, 2012
フジフィルムのミラーレス X-Pro1
フジフィルムがミラーレスをアメリカのCESで発表しました。
http://www.fujifilm.com/products/digital_cameras/x/fujifilm_x_pro1/
スペックを見て、まさにミラーレス一眼のメリットを生かしたカメラと言えると思います。そしてとにかく画質にこだわり抜いていることが強く感じられます。特に、レンズを非常に明るいもので揃えていることです。ミラーレスだからこそ出来ることですが、やっと本格的なミラーレスが出てきたと実感しました。
いままでどちらかと言うと失礼な言い方かもしれませんがミラーレスは女性や初心者向けのカメラというイメージが強かったし、いくつかのメーカは明らかにそちらの方向に走っています。ミラーレスだからコンパクトに出来て、女性でも持ち運びが簡単だ、だから女性がとっつきやすいものにしようという発想だと思います。この路線には、画質優先というコンセプトはありません。そういう意味では私個人としては非常に不満でした。
その中でソニーはどちらかと言うと高画素化で画質優先派であったと思います。そこに新たに参入したフジフィルムは高画素化というよりも写真の技術を生かした画質優先のカメラを作ってくれたと言えると思います。何しろ発表したレンズのF値が1.4、2.0、2.4と非常に明るいレンズをそろえてきたということが驚きでした。ミラーレスだからこそ出来るわけで、考えようによっては、一眼レフでネックであったミラーを外したことを最大限に生かしたカメラであると言えるでしょう。しかも、センサーを工夫しローパスフィルター(解像度低下要因)を外してしまったというのですから、画質に対する拘りが強く感じられるのです。フジフィルムではフルサイズの一眼を超える画質だと言っているそうですから、相当自信をもっていそうです。フジフィルムのXシリーズは本当に頷けるものばかりです。
ミラーレスは、明確に2つの方向に分かれたと言っていいでしょう。おそらく、この方針は、各社簡単には変更できないと思います。なぜなら、方針の変更はマウントの変更になるからです。今まで一眼レフが受け入れられてきたのは、このマウンドを大きく変えなかったからです。
最後に残ったキャノンがどちらの道を選択するのか、非常に楽しみです。
月曜日, 1月 09, 2012
この時期のかっこう
1月3日の写真です。鎌倉八幡宮です。この時期にアルバイトの警備員さんがこの赤いトングコートの恰好をします。本当は、気付かれないように撮ろうと思っていたら、気付かれてしまい、おまけにポーズまで取ってくれましたので、こうなるとシャッターを切らざるを得なくなって仕方なくカシャッとやったわけです。だから、こんな超ベタな写真になってしまいました。女性の警備員も居て、赤いベレー帽をかぶっていました。初めて初詣に行った時は、一瞬右翼の街宣かと疑ってドキッとしたのですが、このように結構やさしいお兄さんが多く、愛想の良い警備員さんたちです。
日曜日, 12月 11, 2011
六義園・・・の前のアンパンマン
六義園に行ったのですが、正門の反対側にアンパンマンの銅像がありました。
銅像になると、なんだかアンパンマンらしくないです。鼻の色も青銅ですから、なんか違和感があります。銅像になって違和感が無いのは、柴又の寅さんの銅像ぐらいでしょう。あれは、みんな横に立ってピースサインで写真を撮ります。やっぱり銅像が似合う似合わないの差でしょうか。
木曜日, 11月 24, 2011
カメラの形2
最近、40年程前に買ったレンズをデジタル一眼レフに取りつけてみました。マウントが基本的に共通ですから、オートの撮影をしないのであれば問題なく使えます。昔のレンズですから、AFはついていませんし、単焦点のレンズです。(昔は、ズームよりも単焦点が主体でした。)
取りつけて、先ず感じたのはカメラとしてのバランスの良さです。ボディとレンズの大きさのバランスが良いのです。この差は何と言っても最近のレンズが大きくなっていることです。その一番の原因はAF機構が入っていることでしょう。他にも、ブレ防止がレンズ側に入っている場合は、余計に太くなくる可能性があると思います。
カメラのボディは昔に較べればコンパクトになってきておりますので、余計にバランスが悪くなっているのだと思います。これは、ミラーレスにもそのまま影響が出てしまっています。ミラーレスでは、ミラーが無い分更にボディが小さくなっていますが、レンズはAF機構が入って太くなっていますので、単焦点の広角、いわゆるパンケーキレンズ以外のものでは非常にバランスの悪い形になっています。カメラを首からぶら下げると、レンズが下を向いてしまうことになります。よく報道カメラマンが望遠付の一眼レフを2台位首からぶら下げて写真を撮っていますが、だいたいレンズは下向きになってしまいます。そんな恰好になってしまいます。その方が邪魔しないということにもなりますが。
オートフォーカスは確かに便利ですが、マニュアルフォーカスのレンズもあっても良いように思います。フォーカスが合っているか合っていないかというインジケータでも付けてくれれば、それで良いと思います。その分、レンズを多く持ち歩けるというメリットもあります。
水曜日, 11月 09, 2011
庚申塔
横浜戸塚区の舞岡公園の近くで、偶然庚申塔を見つけた。庚申塔を見つけたというより、見つけた時はなんだか分からなかった。何やら怖そうな人物が子供の髪を左手でつかんでぶら下げているのが彫られている。右手には剣のようなものを持っている。ただならぬ形相の石碑が気になって帰って調べてみたら、庚申塔であることが分かった。
調べたところでは、庚申塔とは60年ことに巡ってくる庚申(こうしん・かのえ猿)の年に建てたのもらしく、青面金剛(しょうめんこんごう)が彫られている。6本の手があるとされるが、3本程度は分るがその他は消えてしまっている。青面金剛は疫病をはやらせたそうで、つまりこの庚申塔は疫病がはやらないことを願って建てたのだろう。右手1本目は剣を持っている。左手1本目は子供の髪の毛をつかんでぶら下げている。 右には『寛政七(乙)卯九月吉日』となっている。1795年に建てたことになる。左側には『上講中九人』とある。講の仲間九人で建てたということか。正面下には庚申ということで三猿が見える。舞岡公園は、いわゆる谷戸を生かした公園。つまり江戸時代の谷戸で耕作していた農民たちが疫病を恐れて建てたものなのだろうか。舞岡公園は、横浜の少し南部に位置する公園であるが、周りは殆どが住宅街となっている。横浜の真ん中にこのようなものが残っているというのが驚きでした。
月曜日, 10月 24, 2011
カメラの形
以前からカメラの形に疑問を持っています。フィルムカメラであった時の形が未だに多くのカメラに継承されているのですが、どう考えても最適な形とは思えないのです。カメラにも、大判のカメラ、中版のカメラ、二眼レフ、一眼、コンパクト、それにビデオカメラといろいろあります。それぞれ必然性があったのですが、今の一眼(レフ)デジカメ、コン(パクト)デジの必然性というのはよくわかりません。
私は個人的には円筒形(直筒形)のカメラが欲しいと思っています。筒の前がレンズ、後がファインダーかモニター(モニターはビデオカメラのようになっていても良い)、というのが自然なのではないかと思います。
特に、コンパクトカメラではどう考えても今の形は持ちにくいのです。私は結構実用的な用途でコンデジを使いますが、片手で撮って、片手は別の用途に使います。その際、片手でコンデジを持ってシャッタを切るには非常に使いづらい形です。
以前紹介したライトロ(撮った後で自由にフォーカスが変えられるカメラを開発http://photosepia.blogspot.com/2011/06/lytro.html)がいよいよカメラの発売するよう(2012年に発売)ですがhttp://www.wired.com/gadgetlab/2011/10/lytro-camera/
円筒ではないのですが、同じような考え方です。そろそろカメラの形を変えても良いのでは。
土曜日, 10月 22, 2011
畠山直哉展
東京写真美術館(http://syabi.com/)で畠山直哉展が開催されていたので、見て参りました。ほんとにすばらしい作品ばかりで圧倒されてしまいました。なにがすごいかというと、被写体の捉え方とその表現力もすごいのですが、私が一番感心してしまったのは、大きな画面で遠近感もあり、なおかつどこにも焦点がきっちり合っているということからくる迫力です。
やはり写真はレンズがしっかりしていて、焦点がきっちり合っているというのが先ず必要なのだと強く感じた次第です。大きく引き伸ばしても細かいところまできっちり焦点が合っているということが、離れてみても人を引き付ける力を持っているのだということなのではないかと感じています。遠く離れて見るのであれば、細かい部分で多少ボケていても関係ないというのは理屈では分かりますが、そういう写真は遠く離れてみてもなにか迫力に欠けるものあります。この差をどう表現して良いのか判りませんが、やはり高精細で写真を撮るというのは非常に重要なのだと実感しました。
水曜日, 10月 19, 2011
Canon 1DX
久しぶりにキャノンからフルサイズ一眼レフの発表がありました。 今回の仕様を見ると、画素競争に走ることなく、カメラの基本性能を重視するという姿勢が見えてきます。特に、ISO感度を51200まで高めたというのが注目に値します。これだけ感度が高くなれば、ストロボを使わなくても良い機会が増え、写す選択肢が増やせます。
1Dシリーズはプロ用を意識したカメラですから、実際にカメラを使う側の要望を取り入れた選択だと思います。この考え方は一般のカメラにも広めて欲しいと思います。
ISO感度というのは明確な規定はなく、増幅率さえ上げてしまえば高い値を仕様にすることは出来てしまうのですが、カメラメーカの良心が現れる場所でもあります。実際にはノイズだらけであっても感度が高いと謳っているカメラもあります。ですからこの51200という値は使える感度であれば素晴らしい値です。
感度を左右するのは第一にセンサーですが、基本的にどのメーカであってもセンサーの原理的な部分は変わりませんので、あとは光の取込効率を上げたり、一つの画素をどこまで大きくできるかというところでしか差別化できなかったわけです。しかし、最近は画像処理エンジンの性能が飛躍的に向上し、ノイズを大幅に低減することが出来るようになってきました。つまり、カメラは画像処理能力の競争の時代になってきたということだと思います。
一方で、今後カメラは何をターゲットにして行くのかというのが問題です。一般用のカメラはまだいろいろな方向性があると思いますが、フラグシップ機というのはどこに向かうのでしょうか? 大きな変革が必要な時期に来ているような気がします。今後の動向を見守りたいと思います。
木曜日, 10月 06, 2011
ジョブズ
アップルのスティーブ・ジョブズが亡くなりました。とてつもない才能を持った人だったということは、いろいろなところで指摘されていますが、なによりもコンセプトやデザインに徹底的にこだわり抜いて妥協を許さなかったという点でこの人の右に出る人は居なかったと思います。エンジニアでありながら、デザインにもひいでた才能を発揮していたという点では珍しい人物であったと思います。
新しい製品のコンセプトという点ではこれほど注目された人物は居なかったし、今後も同じような人が出てくるとはとても思えません。
巨星が落ちたとはこういうことでしょう。
火曜日, 10月 04, 2011
コダックのジレンマ
写真フィルムの老舗であるコダックが非常に厳しい状況に置かれている。フィルム写真の時代は、コダックを使うことにあこがれがあった。わけもわからずコダクロームを買い、写真を写し、スライドを覗いて喜んでいた。そのコダックが倒産の危機にあるという。(もちろんコダックは否定している。)
しかし、フィルムの時代は終わった。映画でさえデジタルの時代になってしまった。コダックもデジカメには手を出してはいるが、日本のカメラメーカには太刀打ちできるはずがない。デジタル化の波に飲み込まれてしまったのである。フィルムメーカでもう一方の雄であるフジフィルムは、フィルムという技術を別の形で展開することで生き延びている。工業用のフィルム製品や、フィルムで培った技術を使った化粧品などでうまくフィルムから脱却したと言ってよいのであろう。
残念ながら、コダックはフィルムの横展開が出来なかった。写真フィルムの素晴らしさだけを訴え続けている間に世間が変わってしまった。どんな工業製品でも同じようなことがおきる。どんな事業でも陳腐化は起きる。成功は失敗の始まりなのだ。もっと正確には、成功にしがみつくことが失敗の始まりなのだろう。
木曜日, 9月 29, 2011
イングリッシュガーデン
我が家の庭と言いたいところですが、横浜の観光名所ということになっている平沼橋近くのイングリッシュガーデンです。そもそも横浜にイングリッシュガーデンがあること自体知らなかったのですが横浜市の観光ガイドに載っていました。とは言っても、市の施設ではありません。入場料800円と少々高めです。花がたくさんあればよかったのですが、台風の後で、殆ど散ってしまっていました。そのせいかどうかわかりませんが、見物客もまばらでした。2000坪の広さですから、手入れは大変だと思います。やっていけるのかどうか心配になってしまいますが、余計なお世話かも。
木曜日, 9月 22, 2011
ニコン ミラーレス一眼発表
昨日、ニコンがうわさになっていたミラーレス(ニコンはミラーレスという表現を敢えて避けているようです)を発表いたしました。私にとってはとても意外な性能のカメラでした。センサーがAPS-Cの半分のサイズ(面積で言えば1/4)です。画素数が1010万。そして、ISO感度は100-3200となっております。
ターゲットを所謂『カメラ女子』に設定しているのでしょう。そのため、価格を徹底的に抑えることを優先したのかもしれません。価格はオープンになっていますがダブルズームで8.8万という値段が一部でついていますから安いという印象はありません。小型化という点ではペンタックスQには及びません。
もうひとつ考えられるのは、一眼レフとの社内競合を避けたということが考えられます。裏を返せば、一眼レフは残ると考えているということになります。
私のような少し絵に拘りがある者にとっては、ちょっと意外な内容でした。しかし、先日のペンタックスQにもあるように、レンズ交換さえできればよいというものなのかもしれません。ミラーレスは、ソニーの高画質・高性能という方向と、軽量小型化+ファッション性という2つの方向にはっきり分かれてきたということです。どちらが中心になるのか、注目して参りたいと思います。
ターゲットを所謂『カメラ女子』に設定しているのでしょう。そのため、価格を徹底的に抑えることを優先したのかもしれません。価格はオープンになっていますがダブルズームで8.8万という値段が一部でついていますから安いという印象はありません。小型化という点ではペンタックスQには及びません。
もうひとつ考えられるのは、一眼レフとの社内競合を避けたということが考えられます。裏を返せば、一眼レフは残ると考えているということになります。
私のような少し絵に拘りがある者にとっては、ちょっと意外な内容でした。しかし、先日のペンタックスQにもあるように、レンズ交換さえできればよいというものなのかもしれません。ミラーレスは、ソニーの高画質・高性能という方向と、軽量小型化+ファッション性という2つの方向にはっきり分かれてきたということです。どちらが中心になるのか、注目して参りたいと思います。
土曜日, 9月 10, 2011
登録:
投稿 (Atom)






