土曜日, 2月 18, 2012

ミラーレスはパンドラの箱か?


 日経エレクトロニクスの最新号に、『ミラーレスはパンドラの箱』という記事が載っていた。ミラーレス化により、①各種制約がなくなって一眼レフではメジャーになれなかったメーカが台頭すること、②そのために一眼レフ同等又はそれを超えた機能が搭載されつつあること、③コンパクト機が一方でスマホと競合しもう一方でミラーレスと競合し生き残りを模索せざるを得なくなっていること、④一眼レフの市場も食われてくること などでパンドラの箱を開けたという表現になるのだろう。

 ただ、これは如何にも日本的な考え方と言っていいのではないか。パンドラの箱という表現はマイナスイメージが強い。筆者もプラス面を強調しているが、如何せんパンドラの箱と言ってしまえばそれが全てをもの語ってしまっている。

 以前から何度も書いているが、流れはミラーレスにある。少なくともこの流れを積極的に攻めたメーカが生き残る。特に今後は海外メーカが大挙して押し寄せてくると思っていた方が良い。一眼レフまではカメラは日本のお家芸であった。しかし、ミラーレスの出現でその時代は終わった。カメラは光学があるから海外は追いつけないというのは理由にもならない。現に多くの日本メーカが海外でレンズも生産している。

 もっと考えられるのは、ボディ互換メーカが出てくる可能性すらある。一眼レフはレンズ互換メーカが居て、各社用のレンズを安く供給していた。中には本家本元より良いレンズを作っているところすらある。この逆で、ミラーレスはもはや精密機械ではなくなった。本体はもうエレクトロニクスのみと言っても良い。そうなると、システムの開発能力の差が出てくる。レンズは安いものからツァイスに代表されるような高級なものまでいくらでもある。それさえ外部調達すればなんとでもなる。

 私は、日本的な考え方ではカメラもテレビと同じ運命をたどると考えている。まあ、ニッチな一眼レフ(日経エレクトロニクスでは、一眼レフはニッチに領域になると言っている)だけは残るだろうが、その結果どうなるかは火を見るより明らかである。下手をすると、国産ミラーレスもニッチな領域に追い込まれるかもしれない。

 追いついてくるものを意識する暇があったら、来るべき時代の製品を考えていた方が良い。カメラは、ある意味では現時点でどこかが抜きんでているということはない。ミラーレスと言えども、一眼レフからミラーを外したレベルである。本当にこれから市場をリードして行くのであれば、今のミラーレスの延長では生き残れない。もっとユーザの使い勝手を追求する必要があるし、デザイン性もなんとかしてほしい。物づくりさえしっかりしておれば売れるという時代では無くなった。アイデアと対顧客において妥協を排した製品でなければ生きては行けない。これは欲しいと思わせる何かが必要になる。そこに最初に手を伸ばすのはどこのメーカであろうか。

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