昨年の丁度今頃honor6 Plusについてデュアルレンズスマホのことを書きましたが、今回のHUAWEI P9はちょっと違うようです。なにしろ、あのLEICAが共同開発しているのですから、プロのカメラマンも驚くほどの出来です。
このカメラの出現でいろいろな面で大きな影響がでてきそうです。一番大きな影響は、やはりカメラメーカでしょう。あとからピントを変えられるカメラは、ライトフィールドカメラというのがあるのを紹介しましたが、それはもう時代遅れになってしまいました。それどころか、今の一眼やコンデジでは当然あとからピントはかえられませんから。しまも絞りも可変でF0.95から設定できるというのですから、一般のレンズでは無い性能です。これらは専用カメラの領域を超えたということになります。スマホが専用カメラの機能性能を超えたのは、これが初めてかもしれません。
いままでに何度も書いてきましたが、スマホの出現は、コンデジの領域をあっと言う間に駆逐してしまいました。それどころか、いまや一眼の領域さえも浸食しようとしているのです。ボケ味が楽しめる一眼がスマホで楽しめ、それも好きなようにボケ味が変えられるのですから機能的には一眼さえも超えたことになります。
不思議なのは、カメラメーカがデュアルレンズに手を出さないことです。もちろん過去には立体カメラ的なものは有りましたが、今回のようなコンセプトのカメラが出てこなかったのが不思議です。もう戦う気力もないのでしょうか?
そして、もっと驚くべきことは、ライカです。ライカは、一眼レフも作っているれっきとしたカメラメーカです。それが中国のスマホメーカとタイアップし、そのスマホにはライカのロゴすら入れているのです。ライカのカメラは価格的な面もあって市場シェアは微々たるもの。つまり、ライカはスマホに賭けたのかもしれません。1000万台のカメラよりも、数億台のスマホの一部であってもそちらに価値を見出したということなのでしょう。
デジタル化URL : http://www.photosepia.co.jp/
修復URL : http://www.photosepia.jp/
木曜日, 6月 16, 2016
水曜日, 1月 20, 2016
LTE通信機能付きカメラ コミュニケーションカメラ?
パナソニックが、LTE通信機能付きのカメラDMC-CM10を出した。これは昨年発売したDMC-CM1から通話機能を省いたもの。CM1はカメラというより携帯であった。携帯のカメラの性能を1眼並みにしたと表現した方がよい。このカメラが売れなかったのは、戦略が曖昧であったからだろう。カメラの通信機能については以前からその必要性を述べてきた。
しかし、カメラ業界は、一向に動こうとしない。携帯にコテンパンにやられた怨念なのか、カメラに携帯と同じ通信機能を入れるなんて意地でもできないということなのだろうか?IoTという言葉が言われ始めてもうかなり時間が過ぎているというのに、一眼カメラに高速通信機能を入れたものが一向に出てこない。パナソニックのCM10にしても、コミュニケーションカメラなどというわけのわからない分類をして他のカメラとわざわざ区別しているのが実に不思議だ。しかも値段もべらぼうに高い。
通信量の問題があることは理解できる。しかし、2000万画素のRAWデータを使うのでなければ一般の人は5GBもあれば1カ月はもつ。時間制限なしのプリペイドSIMを使えばヘビーユーザでなければ1年はもつかもしれない。逆に、大量通信の必要性が、通信料の値下げ圧力にもなる。
以前にも書いたように通信機能が入れば、いろいろなビジネスモデルが出てくる。カメラ業界は、カメラという狭い井戸のなかからいつ這い出してくるのだろうか?
しかし、カメラ業界は、一向に動こうとしない。携帯にコテンパンにやられた怨念なのか、カメラに携帯と同じ通信機能を入れるなんて意地でもできないということなのだろうか?IoTという言葉が言われ始めてもうかなり時間が過ぎているというのに、一眼カメラに高速通信機能を入れたものが一向に出てこない。パナソニックのCM10にしても、コミュニケーションカメラなどというわけのわからない分類をして他のカメラとわざわざ区別しているのが実に不思議だ。しかも値段もべらぼうに高い。
通信量の問題があることは理解できる。しかし、2000万画素のRAWデータを使うのでなければ一般の人は5GBもあれば1カ月はもつ。時間制限なしのプリペイドSIMを使えばヘビーユーザでなければ1年はもつかもしれない。逆に、大量通信の必要性が、通信料の値下げ圧力にもなる。
以前にも書いたように通信機能が入れば、いろいろなビジネスモデルが出てくる。カメラ業界は、カメラという狭い井戸のなかからいつ這い出してくるのだろうか?
金曜日, 6月 19, 2015
honor6 Plus の2眼カメラの性能
2つのカメラで奥行き情報を取得し、撮影後に焦点位置を自由に変えることができるカメラモジュールを開発している会社をアップルが買収したということを前回のブログで書きました。その直後のファーウェイが2つのカメラを持ったスマホを発売しました( honor6 Plus )。そのカメラを使って実際に写してみた結果の記事がありました。http://labaq.com/archives/51852047.html
結論から申し上げると、まだまだという状況です。おもちゃと言ったら怒られそうですが、強引に作ったという印象で、一眼には遠く及ばないレベルです。何がダメかというと、あまりにも粗削りの一言です。とにかく作ってみたというレベルです。本質的に2眼では全ての位置の焦点方向の情報を取得することはできないのですが、その欠けている部分を何も対処していないのです。ですから、焦点が前後で大きく変化する部分、たとえば、近くに花、背景が山というシチュエーションで、背景までの距離が花に隠れて測れない部分があるのですが、その部分はうまくぼかすことができないのです。そこは一工夫が必要なはずですが、何も対処されてないようですので、前景と背景のつなぎの部分が不自然です。このあたりが改善されないと、とても使う気になりません。アッップルが買収した会社は3眼とか4眼のカメラも開発していますので、当然そのあたりは対応すると思います。やはりアップルが出すまで待つ必要がありそうです。
結論から申し上げると、まだまだという状況です。おもちゃと言ったら怒られそうですが、強引に作ったという印象で、一眼には遠く及ばないレベルです。何がダメかというと、あまりにも粗削りの一言です。とにかく作ってみたというレベルです。本質的に2眼では全ての位置の焦点方向の情報を取得することはできないのですが、その欠けている部分を何も対処していないのです。ですから、焦点が前後で大きく変化する部分、たとえば、近くに花、背景が山というシチュエーションで、背景までの距離が花に隠れて測れない部分があるのですが、その部分はうまくぼかすことができないのです。そこは一工夫が必要なはずですが、何も対処されてないようですので、前景と背景のつなぎの部分が不自然です。このあたりが改善されないと、とても使う気になりません。アッップルが買収した会社は3眼とか4眼のカメラも開発していますので、当然そのあたりは対応すると思います。やはりアップルが出すまで待つ必要がありそうです。
水曜日, 5月 13, 2015
アップルがLinXImagingを買収、3次元情報カメラが携帯に?
1カ月程前のことですが衝撃的なニュース飛び込んできました。アップルがイスラエルのLinxImaging (現在トップページしか表示されないようです)というカメラ技術会社を買収するというのです。この会社は複数のカメラを持つ携帯電話用、携帯パッド用のカメラを開発している会社です。その特徴は、立体的なイメージを合成できることにあります。判りやす表現すれば、人間の眼と同じで2つのカメラを持つことによって奥行き情報を含む画像情報を取得するというものです。
2つのカメラで立体画像を作るというのは何ら新しいものではありません。立体画像を作るカメラも市販されています。しかし、今回のカメラ(モジュール)は、それを目的としているだけではなく、カメラに奥行き方向の情報をもたらすことによって、格段にその処理範囲を増やすことにあるのです。
例えば、画像から特定の焦点位置に合わせて大きな開口で撮った時のボケ画像を合成することができるのです。少し前に、ライトフィールドカメラのことを紹介しました。ライトフィールドカメラは一つのカメラで3次元の情報を取得するという画期的なカメラでした。ただ、その欠点は解像度が低いということです。しかし、今回のカメラモジュールは、解像度は一つのカメラの性能で決まります。少し前に書いたように、スマホ用のカメラ、特にiPhone6のカメラは非常に優れた性能を持っています。その画像は一眼カメラに引けを取らない高い画質です。ですから高い画質のカメラを2台組み合わせることによって、高い画質のままで3次元の情報を保存できるのです。
これは、とんでもないことです。一旦3次元の画像を取得してしまえば、あとはバーチャルな世界でレンズを交換して好きなような画像を合成することができるからです。ボケ味を楽しむのも容易なこととなります。癖のあるボケを作ることも可能でしょう。大きなセンサーでボケ味を楽しむという一眼カメラの最大の特徴を豆粒のような小さなカメラで実現しようというのですからとんでもないのです。アップルは一眼デジカメの牙城すらも突き崩そうとしているのでしょう。
それにしても、これだけ危機的な状況にあって、既存のカメラメーカは何も手を打ってこないというのは不思議なことです。カメラの通信機能すら大半がWIFIかブルートゥースです。3G、4Gの通信機能を持たせたカメラは、フォトキナで発表されたパナソニックのDMC-CM1くらいでしょうか?一眼カメラのボケ味まで携帯が持つようになったとしたら、残っているのはノイズの優位性程度でしょう。それだって技術の進歩はすさまじいものがあり、携帯カメラで同じ程度のノイズに抑えるこだっていずれ実現できると思います。一眼が、ハッセルブラッドやゼンザブロニカのようにごく一部のマニアのためのカメラになる時代が来たのかもしれません。そう言えば、最近の一眼カメラが、復古調デザインを追求しているのも自らの先行きを予感してのことかもしれません。
2つのカメラで立体画像を作るというのは何ら新しいものではありません。立体画像を作るカメラも市販されています。しかし、今回のカメラ(モジュール)は、それを目的としているだけではなく、カメラに奥行き方向の情報をもたらすことによって、格段にその処理範囲を増やすことにあるのです。
例えば、画像から特定の焦点位置に合わせて大きな開口で撮った時のボケ画像を合成することができるのです。少し前に、ライトフィールドカメラのことを紹介しました。ライトフィールドカメラは一つのカメラで3次元の情報を取得するという画期的なカメラでした。ただ、その欠点は解像度が低いということです。しかし、今回のカメラモジュールは、解像度は一つのカメラの性能で決まります。少し前に書いたように、スマホ用のカメラ、特にiPhone6のカメラは非常に優れた性能を持っています。その画像は一眼カメラに引けを取らない高い画質です。ですから高い画質のカメラを2台組み合わせることによって、高い画質のままで3次元の情報を保存できるのです。
これは、とんでもないことです。一旦3次元の画像を取得してしまえば、あとはバーチャルな世界でレンズを交換して好きなような画像を合成することができるからです。ボケ味を楽しむのも容易なこととなります。癖のあるボケを作ることも可能でしょう。大きなセンサーでボケ味を楽しむという一眼カメラの最大の特徴を豆粒のような小さなカメラで実現しようというのですからとんでもないのです。アップルは一眼デジカメの牙城すらも突き崩そうとしているのでしょう。
それにしても、これだけ危機的な状況にあって、既存のカメラメーカは何も手を打ってこないというのは不思議なことです。カメラの通信機能すら大半がWIFIかブルートゥースです。3G、4Gの通信機能を持たせたカメラは、フォトキナで発表されたパナソニックのDMC-CM1くらいでしょうか?一眼カメラのボケ味まで携帯が持つようになったとしたら、残っているのはノイズの優位性程度でしょう。それだって技術の進歩はすさまじいものがあり、携帯カメラで同じ程度のノイズに抑えるこだっていずれ実現できると思います。一眼が、ハッセルブラッドやゼンザブロニカのようにごく一部のマニアのためのカメラになる時代が来たのかもしれません。そう言えば、最近の一眼カメラが、復古調デザインを追求しているのも自らの先行きを予感してのことかもしれません。
木曜日, 4月 16, 2015
ニコン coolpix P900
ニコンのcoolpix P900が話題になっている。ズーム比率がこの種のカメラで一番大きいというだけではなく、画質が抜群に良いことが評判になっています。
例1
例2
従来のズーム比の高いカメラは、比率を競って上げていただけで、望遠側では画質が犠牲になっていたものが多かったと思います。ところがP900は望遠側(35mm換算2000mm相当)でも非常に綺麗に撮れているのです。ひと世代前の機種と較べてみるとその差は歴然。 コントラストがとても良い。いままでは、なんとなく、霞がかかっているような、あるいはエッジがボケているネムイ絵になることが多く、またそういうものだと思っていたのです。これだけズーム比率を上げれば仕方が無いと諦めていました。ところが、このカメラでそういう考えが180度変わってしまったのです。
レンズの性能が良くなったのであろうし、ブレ補正が良くなっている点も見逃せないでしょう。画像処理も相当改善したものと思われます。
一方このカメラはセンサーが1/2.3インチという所謂コンパクトカメラのセンサーです。近頃はは高級コンパクトカメラと呼ばれ、1インチ以上の大きなセンサーを用いたコンパクトカメラが人気を集めています。コンパクトカメラでありながら、解像度が高く、一眼カメラのようにボケ味が楽しめるというメリットがあるのです。しかし、単焦点やズーム比率の小さなものが主体なのです。なぜなら、ズームを大きくすると、レンズがバカでかくなってしまうからです。
P900の特徴は、センサーの小ささを逆手に取った発想と言って良いでしょう。そして、こんなもんだという画質の壁を越えたところです。ただ、性能を優先したためか、コンパクトカメラとは呼べない大きさです。重さだって900g近くありますから、APSC一眼にそれなりのズームレンズを付けたもの並みになっています。なにしろ35ミリ換算で2000ミリのレンズに相当するのだから、仕方が無いと思います。
少し前にiPhone6のカメラでその性能に驚いたということをここで書きましたが、P900もそれに劣らない衝撃でした。カメラはセンサーのサイズでも、画素数でもないということが、身にしみて判りました。
従来のズーム比の高いカメラは、比率を競って上げていただけで、望遠側では画質が犠牲になっていたものが多かったと思います。ところがP900は望遠側(35mm換算2000mm相当)でも非常に綺麗に撮れているのです。ひと世代前の機種と較べてみるとその差は歴然。 コントラストがとても良い。いままでは、なんとなく、霞がかかっているような、あるいはエッジがボケているネムイ絵になることが多く、またそういうものだと思っていたのです。これだけズーム比率を上げれば仕方が無いと諦めていました。ところが、このカメラでそういう考えが180度変わってしまったのです。
レンズの性能が良くなったのであろうし、ブレ補正が良くなっている点も見逃せないでしょう。画像処理も相当改善したものと思われます。
一方このカメラはセンサーが1/2.3インチという所謂コンパクトカメラのセンサーです。近頃はは高級コンパクトカメラと呼ばれ、1インチ以上の大きなセンサーを用いたコンパクトカメラが人気を集めています。コンパクトカメラでありながら、解像度が高く、一眼カメラのようにボケ味が楽しめるというメリットがあるのです。しかし、単焦点やズーム比率の小さなものが主体なのです。なぜなら、ズームを大きくすると、レンズがバカでかくなってしまうからです。
P900の特徴は、センサーの小ささを逆手に取った発想と言って良いでしょう。そして、こんなもんだという画質の壁を越えたところです。ただ、性能を優先したためか、コンパクトカメラとは呼べない大きさです。重さだって900g近くありますから、APSC一眼にそれなりのズームレンズを付けたもの並みになっています。なにしろ35ミリ換算で2000ミリのレンズに相当するのだから、仕方が無いと思います。
少し前にiPhone6のカメラでその性能に驚いたということをここで書きましたが、P900もそれに劣らない衝撃でした。カメラはセンサーのサイズでも、画素数でもないということが、身にしみて判りました。
土曜日, 3月 28, 2015
久良岐能舞台
横浜磯子区の久良岐公園の中に能舞台がある。大正6年に日比谷に建てたものが昭和59年にこの地に移設されたもの。中に入れていただいたら、懇切丁寧にいろいろ説明していただけた。能と言えば、横浜では、称名寺の薪能が有名だが、能舞台はその都度臨時で設営している。常設の能舞台が市の管理下にあるのは実は私は知らなかった。ところが、話を聞かせていただいた方の話では、能はめったに上演できないとのこと。理由は費用が膨大で、とても採算が取れないのだそうだ。横浜には別に横浜能楽堂があるので、観客席の少ない久良岐能舞台では確かに厳しいのであろう。時々、イベントも催されているが、能舞台としては殆ど利用されていないというのは残念なこと。能自体が武家の庇護によって伝統が維持されてきたという経緯からすれば、能舞台を活用することも難しい時代なのであろう。時代とともに受け入れられるように変遷する芸能であれば良かったのだが、どちらかというと伝統を維持する方向にしか動かなかったことが能を衰退させる原因になっていたのだろう。舞台の写真は、パンフレットより借用。下の写真は、入口です。
そろそろ久良岐公園の桜も満開になりそうですから、散歩と花見がてらに能舞台をご覧になるのもいかがでしょうか?庭には水琴窟もあり、良い音色を響かせています。
火曜日, 3月 24, 2015
iPhone6カメラ
最近、iPhone 6の宣伝で、新聞2連版全面広告が掲載されることがしばしばあります。iPhone 6で撮影となっています。いつも感心してしまうのですが、これだけ拡大して、これだけ撮れているというのは、やはりたいしたものです。ネット上にも、過去のiPhoneカメラの比較なども載っていますが、iPhone6はレベルがかなり高くなっています。ここまでの絵が出せるとなると、確かにコンデジが売れなくなるのもむベなるかなと思います。いや、それどころか、下手な一眼以上の性能かもしれません。私の持っている一眼レフカメラとズームレンズのセットよりも、良く撮れているように思っています。iPhoneは単焦点レンズですから、直接の比較は難しいと思いますが、かなり近い領域にいることは間違いありません。しかも、ワールドギャラリでは多くのユーザ(写真家?)の写真からピックアップしていますので、これまでにない効果をもたらしています。従来のカメラメーカで掲載している写真は、特定の一流のプロの写真ばかりです。ですから、一般ユーザにとっては逆効果で「こんなのは私には撮れない」と思ってしまうのです。しかし、アップルの手法は、「あなたでも撮れるのですよ」と語りかけているのです。圧倒的に綺麗な作品を惜しげもなく大量に提示し、撮り方まで解説しているのですから。この戦略は、実に憎いほど上手な方法です。
アップルにはスマホにカメラが付いていさえすれば良いという発想ではなく、既存のカメラを追い越そうという気迫を感じます。本当に一眼レフやミラーレスは本腰を入れて対抗策を出さないと、かなりヤバイ状況になっていると思います。
アップルにはスマホにカメラが付いていさえすれば良いという発想ではなく、既存のカメラを追い越そうという気迫を感じます。本当に一眼レフやミラーレスは本腰を入れて対抗策を出さないと、かなりヤバイ状況になっていると思います。
日曜日, 3月 22, 2015
子規庵
台東区、鴬谷駅の近くに子規がその人生の最後の時を過ごした庵がある。NHKの坂の上の雲でも出てきたシーンがまさにそのまま甦ったような質素な家であった。戦災で焼けてしまったが、その後かなり忠実に再現したものとのことである。庭もさほど広いものでもなく、8畳、6畳、4畳半、3畳と台所という平屋の作り。部屋は明るい日差しに照らされていて、健康の為にはよさそうであった。最後を迎えた部屋には、指物師に特別にあつらえさせた机が置かれてあり、その机は、手前側に15センチ四方程度の切り欠きが作ってあった。足が悪くて立膝で書き物をするためであった。
この小さな庵から病気と闘いながら、数々の作品を生み出していったという。子規にとってはこの庵が全宇宙であり、この小さな空間からあらゆるものを感じ取って、句や随筆にしていたのだろう。
わたしの心を打ったのは、一角の展示室に、子規の食事の内容が展示されていた部分。とてつもなく、多くのものを口にいれ、滋養に富んだものを摂っていたのだ。体のためを思って、栄養を取れば直す事が出来ると思っていたのだろうが、なんともいじらしいというか、胸が締め付けられる思いをしてしまった。
帰り道に、近くにあった三平堂という林屋三平の邸宅があった。その対照があまりにもとてつもなく、却って子規が哀れに思えて仕方が無かった。
この小さな庵から病気と闘いながら、数々の作品を生み出していったという。子規にとってはこの庵が全宇宙であり、この小さな空間からあらゆるものを感じ取って、句や随筆にしていたのだろう。
わたしの心を打ったのは、一角の展示室に、子規の食事の内容が展示されていた部分。とてつもなく、多くのものを口にいれ、滋養に富んだものを摂っていたのだ。体のためを思って、栄養を取れば直す事が出来ると思っていたのだろうが、なんともいじらしいというか、胸が締め付けられる思いをしてしまった。
帰り道に、近くにあった三平堂という林屋三平の邸宅があった。その対照があまりにもとてつもなく、却って子規が哀れに思えて仕方が無かった。
金曜日, 3月 20, 2015
JFK―その生涯と遺産
先日、国立公文書館で開催している「JFK―その生涯と遺産」展を見てきました。第35代大統領ジョン・F・ケネディです。
ケネディが凶弾に倒れたのは、まだ私が中学生の時でした。初めての衛星放送で送られてきたのがケネディ暗殺のニュースで、丁度私の友人が私の家に来て一緒に学校の宿題か何かをやっていた時のことでした。14インチの白黒のブラウン管に映し出された映像は、一生忘れられない記憶として焼き付いたままです。
ケネディは、当時の日本の政治家と較べようがないほどに恰好のよい政治家でした。中学生でしたから、政治のことは全く判っていなかったのですが、政治家の恰好の悪さだけは印象に残っていました。
今回の展示で、一番私の気を引いたのは、ケネディの演説です。今もし彼が生きていて演説をしたら、世界のどのリーダーも太刀打ちできないでしょう。まして、日本の政治家の演説ときたら、もうどうしようもないとしか言いようがありません。50年を過ぎてもその演説の輝きは全く失われていないのです。オバマが演説がうまいと言いますが、それはレトリックとして上手いだけで、中身がないのです。
ケネディの演説は、民衆を引きつけ、民衆を動かす力があるのです。政治家の演説は一歩間違うとヒットラーのように間違った方向に導いてしまうのですが、そういう導き方ではない力強さがあるのです。彼の演説で一番有名なのは『アメリカ国民諸君。国家が諸君のために何をなしうるかを問うのではなく諸君が国家に何をなしうるかを問い給え。』という演説です。彼は、私がやるとは言ってないのです。民衆に勇気を与え、民衆が自らの力で世界を変えていけるように鼓舞しているのです。
もうひとつ、着目したのは、彼の演説には、難しい言葉が出てこないのです。いわゆる政治用語がないのです。いま、日本の政治家の演説を聴いてみると、言葉だけでは何を言っているのか判らない単語があふれています。『三位一体の改革』『新三要件』『三本の矢』など、それだけでは何か全くわかりません。それは政治家の世界では通用する言葉ですが、民衆には判らない言葉です。(それにしても、三という数字が好きですね。)民衆に判ってもらうのではなく、民衆を煙に巻く演説が非常に多いことに気が付くと思います。ケネディの演説には、民衆を煙に巻くような言葉は出来てきません。自慢もしません。 ケネディの清新さはそういったところにもあったのかもしれません。
ケネディが凶弾に倒れたのは、まだ私が中学生の時でした。初めての衛星放送で送られてきたのがケネディ暗殺のニュースで、丁度私の友人が私の家に来て一緒に学校の宿題か何かをやっていた時のことでした。14インチの白黒のブラウン管に映し出された映像は、一生忘れられない記憶として焼き付いたままです。
ケネディは、当時の日本の政治家と較べようがないほどに恰好のよい政治家でした。中学生でしたから、政治のことは全く判っていなかったのですが、政治家の恰好の悪さだけは印象に残っていました。
今回の展示で、一番私の気を引いたのは、ケネディの演説です。今もし彼が生きていて演説をしたら、世界のどのリーダーも太刀打ちできないでしょう。まして、日本の政治家の演説ときたら、もうどうしようもないとしか言いようがありません。50年を過ぎてもその演説の輝きは全く失われていないのです。オバマが演説がうまいと言いますが、それはレトリックとして上手いだけで、中身がないのです。
ケネディの演説は、民衆を引きつけ、民衆を動かす力があるのです。政治家の演説は一歩間違うとヒットラーのように間違った方向に導いてしまうのですが、そういう導き方ではない力強さがあるのです。彼の演説で一番有名なのは『アメリカ国民諸君。国家が諸君のために何をなしうるかを問うのではなく諸君が国家に何をなしうるかを問い給え。』という演説です。彼は、私がやるとは言ってないのです。民衆に勇気を与え、民衆が自らの力で世界を変えていけるように鼓舞しているのです。
もうひとつ、着目したのは、彼の演説には、難しい言葉が出てこないのです。いわゆる政治用語がないのです。いま、日本の政治家の演説を聴いてみると、言葉だけでは何を言っているのか判らない単語があふれています。『三位一体の改革』『新三要件』『三本の矢』など、それだけでは何か全くわかりません。それは政治家の世界では通用する言葉ですが、民衆には判らない言葉です。(それにしても、三という数字が好きですね。)民衆に判ってもらうのではなく、民衆を煙に巻く演説が非常に多いことに気が付くと思います。ケネディの演説には、民衆を煙に巻くような言葉は出来てきません。自慢もしません。 ケネディの清新さはそういったところにもあったのかもしれません。
土曜日, 12月 06, 2014
北鎌倉 長寿寺
北鎌倉の長寿寺の紅葉が最高に綺麗な状態でした。鎌倉は、全体的に紅葉が少し遅いのですが、場所によてはこの時期でも綺麗なところがあります。
このお寺は、非常に手入れが行き届いていて、その分雑然としたなかの美しさのようなものは全くないので、好き嫌いはあるかもしれませんが、こういうお庭も良いものです。特に私が気に入ったのは、苔です。スギゴケだけが庭一面をおおてっており、フカフカのソファーのような柔らかい雰囲気を醸し出しています。
最近は、コケの庭もたくましいゼニゴケに覆われてしまうところ多く見られます。スギゴケだけでこれだけ覆うのは、大変な手間がかかっていると思います。本当は、庭を見ながら抹茶でも頂きたいのですが、参拝客が多くてちょっと難しいでしょう。北鎌倉へ来られたら、ぜひお立ち寄りください。
フォトセピア
フォトセピア
土曜日, 10月 25, 2014
アポカリプス
昔の白黒写真(動画)を着色する試みが行われている。最初に行われたのが、フランスのテレビ番組、アポカリプスであったそうだ。最近では、HNKで昔の東京の画像を着色して放送していた。色を付けることにより、対象物が明確になったり、奥行きが出てきたりする。写真の色の復元をやってきて、同じようなことを良く実感する。私がやっているのは着色ではないが、色あせた写真も白黒写真同様に、ポイントがはっきりしなくなり、被写体の奥行きもなくなってしまう。なにより、色あせたカラー写真はカラー写真というよりも白黒写真を見ているのとさほど違いがない。
何れにしても、白黒をカラーにするというのは、画像の迫力が違い、つい見入ってしまう。反面、本来持っていない色を付けるというのは、原理的には無理なことであるため、調査や類推で着色をせざるを得ない。いくら技術が発達しても100%色情報の無い画像の色を復元することはできない。従って、言い方は悪いが、ウソが入ってしまう危険性も高い。ウソによって人の心が大きく動かされるとしたら、それはそれで問題である。
やはり白黒の写真は、白黒で見るのが筋ではないのだろうか。せめて、既知の事実に基づいて判っている色だけ着色し、判らない部分は白黒のままにするというのが見識のように思う。
何れにしても、白黒をカラーにするというのは、画像の迫力が違い、つい見入ってしまう。反面、本来持っていない色を付けるというのは、原理的には無理なことであるため、調査や類推で着色をせざるを得ない。いくら技術が発達しても100%色情報の無い画像の色を復元することはできない。従って、言い方は悪いが、ウソが入ってしまう危険性も高い。ウソによって人の心が大きく動かされるとしたら、それはそれで問題である。
やはり白黒の写真は、白黒で見るのが筋ではないのだろうか。せめて、既知の事実に基づいて判っている色だけ着色し、判らない部分は白黒のままにするというのが見識のように思う。
月曜日, 10月 06, 2014
多摩美プロダクトデザイン展示会
東京都渋谷区の代官山T-SITE ガーデンギャラリーで多摩美のプロダクトデザイン専攻によるデザイン展が行われていた。通りがかりに偶然立ち寄ったのだが、いくつか面白いものがあった。その中でも、下の写真にあるカメラが気に入った。というのも、おなじようなコンセプトのカメラをこのブログで書いたことがあったからである。今回の展示は、虫などの接写ができるよう、表示部が折れ曲がるようになっていたので、私がブログに書いたものより進化している。
キャノンが協力していいるようでキャノンのロゴが入っていたのは愛嬌だが、こういうコンセプトのカメラが出てきてもよさそうに思う。ソニーのレンズカメラもあるがまだ主流にはなりえない。何れにしても、旧来のカメラというスタイルからなかなか抜け出せない今のカメラは、余りにも滑稽にしか見えない。というのも、今までのカメラはあの形に必然性があったのであり、特にフルム時代のカメラは必要性からあのような形にしかなりえなかったと言ってもよかったのだが、今のデジカメが旧来のカメラの形をそのまま維持しようとしているのは、単なるノスタルジーの世界に浸っているだけとしか思えないからである。いや、形を変えることに恐怖心すらあるのかもしれない。それで、チマチマと些細なことに拘った型にしてしまっている。ミラーレスなのに軍艦をつけたりするというところまでくると、もう笑うしかないと言ってもよい。
スティーブ・ジョブズは、『デザインとはいかに見せるかではなく、いかに機能させるかである』と言った。iPhoneもiPadも機能させることに徹底してこだわったからイノベーションが起きた。こういう風に操作したい、こういう機能を入れたいという要求を徹底的につきつめ、それを実現させるようにしたために、今のスマホが出来た。恰好から入ったら今のスマホは生まれなかっただろう。
カメラは未だに如何に見せるかだけに拘っていて、もっと悪いことに復古調にすることで客を引き付けようとすらしている。この延長には、イノベーションはあり得ない。今のカメラ業界の元気の無さをまさに象徴していると言っていいだろう。
月曜日, 6月 23, 2014
マーク・ラスキーノ氏の意見
週刊ダイヤモンドのオンラインに面白い記事があった。『新しいカメラの購入で明らかになったデジタルビジネスの抱える問題点』と題するガートナーブログネットワークのマーク・ラスキーノ氏の意見だ。要は、カメラメーカはカメラを作るところまでしかやらず、そこから後のビジネスチャンスを捨ててしまっているということを言っている。これが、デジタルビジネスに変わった時に、カメラメーカが気づくべきであったが、カメラメーカは、アナログからデジタルに変えることだけに執着し、未だにそこから変わっていないと言いたいのだろう。
カメラメーカも、カメラを販売する上で、写真保存サービスや、写真加工ソフトの販売も行っていると反論すだろう。しかし、それは、あくまでもカメラを販売するという目的の領域から一歩も出てない。実際に、カメラメーカでオンラインのビジネスで成功しているメーカは私が知る限りでは存在しない。逆にGoProのようにオンラインの環境を上手く利用して、新たなカメラビジネスを構築したケースはある。
氏の発言の本質は、アナログ写真からデジタル写真に変わった時に、写真の役割が根本的に変わったと言うことだろう。アナログ写真は記録であった。しかし、デジタル写真は、情報になった。つまり、情報は生かしてこそ情報であり、情報の入り口を牛耳っていたカメラメーカは、その後の情報を生かすビジネスをみすみす捨てている。代わってサードパーティーがそこに付け込んでビジネスを展開している。しかも、氏が例に出している保存共有やオンラインでの写真加工という比較的に写真に近い領域だけにはとどまらない領域がまだ大きく口をあけて待っている。
今のカメラ業界の活気の無さは、まさにそこにあるのだろう。カメラ業界という言葉自体が、既に時代の流れについていけていないことを象徴している。
カメラメーカも、カメラを販売する上で、写真保存サービスや、写真加工ソフトの販売も行っていると反論すだろう。しかし、それは、あくまでもカメラを販売するという目的の領域から一歩も出てない。実際に、カメラメーカでオンラインのビジネスで成功しているメーカは私が知る限りでは存在しない。逆にGoProのようにオンラインの環境を上手く利用して、新たなカメラビジネスを構築したケースはある。
氏の発言の本質は、アナログ写真からデジタル写真に変わった時に、写真の役割が根本的に変わったと言うことだろう。アナログ写真は記録であった。しかし、デジタル写真は、情報になった。つまり、情報は生かしてこそ情報であり、情報の入り口を牛耳っていたカメラメーカは、その後の情報を生かすビジネスをみすみす捨てている。代わってサードパーティーがそこに付け込んでビジネスを展開している。しかも、氏が例に出している保存共有やオンラインでの写真加工という比較的に写真に近い領域だけにはとどまらない領域がまだ大きく口をあけて待っている。
今のカメラ業界の活気の無さは、まさにそこにあるのだろう。カメラ業界という言葉自体が、既に時代の流れについていけていないことを象徴している。
火曜日, 4月 01, 2014
カメラの通信機能
前回、カメラに最新の通信機能をということを書きました。
カメラに通信機能というのは、単にスマホ対抗という意味だけではないのです。カメラそのものの変質が要求されているということです。通信機能というものは、あらゆるものに入ってくると考えます。現状はwifiという方法がありますが、これは決して使いやすいものではありません。野良wifiが無い外では使えないし、個々の家にwifiルータが必要になり、場合によっては一台では済まされないでしょう。結構不安定なものでもあります。個々の機器に通信機能があれば所詮不要な存在なのです。これはカメラだけに限った話ではないと思いますが、取りあえずカメラに限定します。
カメラが直接にネットに繋がることで、クラウド化が可能になります。クラウド化というのは、単にカメラで撮った画像をクラウド上のサーバーに蓄えるということだけではありません。カメラの画像の加工も含めてクラウド化が可能になるのです。つまり、カメラ本体には複雑な機能がいらなくなるのです。
カメラというのは情報入力機器です。従って、情報処理機能とどう結びつくかが大きなカギになるはずです。その情報処理をカメラの中に閉じ込めておくのはもはや時代遅れです。クラウド化した前提で、情報処理はどうすばよいのでしょう。情報処理は、カメラメーカが用意してもよいし、サードパーティーが提供することも考えられます。その分、カメラのコストは下げられます。しかも、機能のバージョンアップはクラウド上で実現できるはずです。カメラは単純な入(出)力であれば良いのです。但しカメラに情報処理機能を入れることを妨げるつもりはありません。
カメラのビジネスモデルも変わってくると思います。今のカメラは売った段階で完結します。せいぜい、その後に交換レンズを買ってくれる程度です。しかし、クラウドカメラは、データの処理と蓄積をビジネスにできます。カメラは入力端末で良いのです。(図らずもフィルム時代まさにそういう存在でした。)従って、価格を抑え、データ処理で利益を出すというビジネスが可能になるのです。データは、カメラ自体、PC、携帯、パッド端末、テレビなどあらゆるもので瞬時に閲覧できるようになります。
WIFIがあれば十分だと言う人がいるかもしれません。しかし、書斎に置いてあるプリンターならそれでもよいでしょうが、カメラは外に持ち出すものです。だからWIFIでは不十分なのです。撮ったデータが瞬時にカメラ以外に蓄えられるようにして欲しいし、どこでも瞬時に見られるようになっていて欲しいのです。つまり、リアルタイム性が欲しいのです。昔のカメラは、フィルムを現像して、プリントするまではどう映っているのか判りませんでした。だから、ポラロイドカメラが出てきたのです。デジカメでポラロイドはこの世からほぼ無くなりました。デジカメのリアルタイム性に負けたのです。スマホはデータ領域でコンデジより一歩先んずることができました。だからコンデジは死んだのです。一眼に欠けているのは、やはり共有性まで含めたリアルタイム性です。リアルタイム性を備えた一眼で出てくれば、一部の趣味人に限定されたカメラに留まることなく生き残ると思います。
では、スマホのカメラとなにが違うのでしょうか?そのあたりは次回にします。
写真デジタル化復元
カメラが直接にネットに繋がることで、クラウド化が可能になります。クラウド化というのは、単にカメラで撮った画像をクラウド上のサーバーに蓄えるということだけではありません。カメラの画像の加工も含めてクラウド化が可能になるのです。つまり、カメラ本体には複雑な機能がいらなくなるのです。
カメラというのは情報入力機器です。従って、情報処理機能とどう結びつくかが大きなカギになるはずです。その情報処理をカメラの中に閉じ込めておくのはもはや時代遅れです。クラウド化した前提で、情報処理はどうすばよいのでしょう。情報処理は、カメラメーカが用意してもよいし、サードパーティーが提供することも考えられます。その分、カメラのコストは下げられます。しかも、機能のバージョンアップはクラウド上で実現できるはずです。カメラは単純な入(出)力であれば良いのです。但しカメラに情報処理機能を入れることを妨げるつもりはありません。
カメラのビジネスモデルも変わってくると思います。今のカメラは売った段階で完結します。せいぜい、その後に交換レンズを買ってくれる程度です。しかし、クラウドカメラは、データの処理と蓄積をビジネスにできます。カメラは入力端末で良いのです。(図らずもフィルム時代まさにそういう存在でした。)従って、価格を抑え、データ処理で利益を出すというビジネスが可能になるのです。データは、カメラ自体、PC、携帯、パッド端末、テレビなどあらゆるもので瞬時に閲覧できるようになります。
WIFIがあれば十分だと言う人がいるかもしれません。しかし、書斎に置いてあるプリンターならそれでもよいでしょうが、カメラは外に持ち出すものです。だからWIFIでは不十分なのです。撮ったデータが瞬時にカメラ以外に蓄えられるようにして欲しいし、どこでも瞬時に見られるようになっていて欲しいのです。つまり、リアルタイム性が欲しいのです。昔のカメラは、フィルムを現像して、プリントするまではどう映っているのか判りませんでした。だから、ポラロイドカメラが出てきたのです。デジカメでポラロイドはこの世からほぼ無くなりました。デジカメのリアルタイム性に負けたのです。スマホはデータ領域でコンデジより一歩先んずることができました。だからコンデジは死んだのです。一眼に欠けているのは、やはり共有性まで含めたリアルタイム性です。リアルタイム性を備えた一眼で出てくれば、一部の趣味人に限定されたカメラに留まることなく生き残ると思います。
では、スマホのカメラとなにが違うのでしょうか?そのあたりは次回にします。
写真デジタル化復元
木曜日, 3月 06, 2014
カメラに第四世代通信機能を
カメラの出荷が半減するというカメラ業界にとっては、明るいニュースが乏しい中で追い打ちを掛けるように、スマホのカメラ喰いが激しさを増しています。光学的な手振れ防止、光学ズームととどまるところを知らない状況です。
カメラで撮った画像を、すぐ送れたり、SNSに貼り付けられるというのだから、この流れはそう簡単に変わらないと思います。不思議なことに、カメラに通信機能が付かないのが理解できません。wifiというレベルではなく、携帯と同じようなことが出来ないと携帯には太刀打ちができないのですが、なかなかそうはならないようです。コンデジは、以前からなんども書いているように、携帯にとって代わりつつあり、残すは一眼の世界です。テザリングを使えば良いというようなものではなく、ダイレクトに通信ができるようにすることが必要だと思います。2008年にそういうことを書いたのですが、趨勢は6年まえの予想通りになっています。誰が考えても同じ結論になると思うのですが、実に不思議なことです。
技術的には、携帯電話とカメラの両方を持っているのは、日本ではソニーしか残ってない(海外ではサムスンも両方持ってはいます)と思うのですが、有利なはずのソニーがそういう方向に行かないのも不思議です。カメラ業界は、市場の縮小と同時に委縮してしまったのでしょうか。
ホーム
カメラで撮った画像を、すぐ送れたり、SNSに貼り付けられるというのだから、この流れはそう簡単に変わらないと思います。不思議なことに、カメラに通信機能が付かないのが理解できません。wifiというレベルではなく、携帯と同じようなことが出来ないと携帯には太刀打ちができないのですが、なかなかそうはならないようです。コンデジは、以前からなんども書いているように、携帯にとって代わりつつあり、残すは一眼の世界です。テザリングを使えば良いというようなものではなく、ダイレクトに通信ができるようにすることが必要だと思います。2008年にそういうことを書いたのですが、趨勢は6年まえの予想通りになっています。誰が考えても同じ結論になると思うのですが、実に不思議なことです。
技術的には、携帯電話とカメラの両方を持っているのは、日本ではソニーしか残ってない(海外ではサムスンも両方持ってはいます)と思うのですが、有利なはずのソニーがそういう方向に行かないのも不思議です。カメラ業界は、市場の縮小と同時に委縮してしまったのでしょうか。
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水曜日, 2月 05, 2014
一眼の潮目が変わったのか?出荷台数が海外で大幅落ち込み
カメラの売れ行きに変調らしきものが起こっている。コンデジが売れなくなったのはもう当たり前のようになっていて、その傾向はますます強くなっている。来年には、コンデジの出荷台数と一眼の出荷台数が逆転するだろう。ところが、ここへきて一眼の出荷台数が落ちてきている。国内は増えているが、全体では減っている。つまり、海外は2012年に較べ2013年は19%落ちている。これは一体何を意味するのだろう。
コンデジがスマホに食われているのは解る。しかし、その場合、高級機は却って売れると考えるのが自然。少しグレードの高いコンデジユーザがスマホと画質の違いが明確に出るカメラを指向すると思われるからだ。しかし、現実は逆になっている。スマホで十分と思い始めたのだろうか。ちょっとそれは考えにくい。もっと本質的な問題があるように思える。
私は、カメラが余りにもカメラに固執してしまっているのが原因ではないかと考えている。カメラの枠から一歩も外に出ていないのだ。生活必需品なら別だが、嗜好品の場合は結構機能面や使い方なの点で変化をしている。変化することで生き延びてきたとも言える。例えパソコンが良い例だ。当初はインターネットとメール位にしか使ってなかった人が多かった。それがアプリの拡充で、いろいろな用途に拡がった。その一部はタブレットのように少し形を変えてきている。スマホだって、元はパソコンのようなものだ。テレビなんかは変化が少ないが、それでもインターネットを見ることだってできるし、制限はあるものの情報を放送局に送るなんてこともできるようになってきた。オンディマンドで映画館の代わりにもなるようになった。
ところが、カメラはどうであろうか? 相変わらずカメラだけだ。せいぜい動画を撮れるようになった位だろう。だから攻めている製品にどんどん浸食されている。携帯は、カメラに進出し、テレビ会議も出来、ボイスレコーダにもなり、本(電子ブック)にもなる。リモコン代わりにもなる。歩数計にもなる。地図にも使える。私だって、スマホを電話として使うことは極めて少ない。大半を他の用途に使っている。
カメラは相変わらずカ・メ・ラだ。図体が大きい割には、融通の利かない単機能の機械を持ち歩くのはもうたくさんだと思われたって仕方が無い。勿論カメラ愛好家にはそれで良いだろう。しかし、カメラ愛好家だけをターゲットにするのであれば、先は見えている。
私は、カメラ屋が聞いたら頭に来るような使い方を結構している。異常な使い方だから使いづらいが仕方が無いと諦めている。しかし、そういう異常な使い方をカメラメーカは多分全く考えていないだろう。せいぜいクラシックなカメラの雰囲気を出して、液晶メニューに飽き飽きしたコテコテのカメラヘビーユーザが喜んでくれるような製品を開発することしか考えていない。いわゆる守りのカメラだ。一部熱狂的なカメラ愛好家には好まれる。だから日本では好調だ。しかし、海外の落ち込みは日本の考えが通用しないことを示しているのではないか?
もちろんコテコテのカメラは有っても良い。写真家や報道カメラマンだったら、大半は今のままで満足するだろう。それでも、私が写真家だったらやっぱり不満だ。もう少しカメラの枠を外して考えた方が良いと思う。カメラ=写真の時代なのではないか。カメラが攻めの姿勢に入らないのであれば、一部の写真家と写真愛好家だけの製品になってしまうのは時間の問題だろう。10年後には、ニコンやキャノンも今のハッセルブラッドやライカのような存在になっているのかも知れないなんていうのは、見たくもない悪夢である。なにしろ一眼は日本製品が唯一と言って良いほど圧倒的なシェアーを誇っている工業製品なのだから。
コンデジがスマホに食われているのは解る。しかし、その場合、高級機は却って売れると考えるのが自然。少しグレードの高いコンデジユーザがスマホと画質の違いが明確に出るカメラを指向すると思われるからだ。しかし、現実は逆になっている。スマホで十分と思い始めたのだろうか。ちょっとそれは考えにくい。もっと本質的な問題があるように思える。
私は、カメラが余りにもカメラに固執してしまっているのが原因ではないかと考えている。カメラの枠から一歩も外に出ていないのだ。生活必需品なら別だが、嗜好品の場合は結構機能面や使い方なの点で変化をしている。変化することで生き延びてきたとも言える。例えパソコンが良い例だ。当初はインターネットとメール位にしか使ってなかった人が多かった。それがアプリの拡充で、いろいろな用途に拡がった。その一部はタブレットのように少し形を変えてきている。スマホだって、元はパソコンのようなものだ。テレビなんかは変化が少ないが、それでもインターネットを見ることだってできるし、制限はあるものの情報を放送局に送るなんてこともできるようになってきた。オンディマンドで映画館の代わりにもなるようになった。
ところが、カメラはどうであろうか? 相変わらずカメラだけだ。せいぜい動画を撮れるようになった位だろう。だから攻めている製品にどんどん浸食されている。携帯は、カメラに進出し、テレビ会議も出来、ボイスレコーダにもなり、本(電子ブック)にもなる。リモコン代わりにもなる。歩数計にもなる。地図にも使える。私だって、スマホを電話として使うことは極めて少ない。大半を他の用途に使っている。
カメラは相変わらずカ・メ・ラだ。図体が大きい割には、融通の利かない単機能の機械を持ち歩くのはもうたくさんだと思われたって仕方が無い。勿論カメラ愛好家にはそれで良いだろう。しかし、カメラ愛好家だけをターゲットにするのであれば、先は見えている。
私は、カメラ屋が聞いたら頭に来るような使い方を結構している。異常な使い方だから使いづらいが仕方が無いと諦めている。しかし、そういう異常な使い方をカメラメーカは多分全く考えていないだろう。せいぜいクラシックなカメラの雰囲気を出して、液晶メニューに飽き飽きしたコテコテのカメラヘビーユーザが喜んでくれるような製品を開発することしか考えていない。いわゆる守りのカメラだ。一部熱狂的なカメラ愛好家には好まれる。だから日本では好調だ。しかし、海外の落ち込みは日本の考えが通用しないことを示しているのではないか?
もちろんコテコテのカメラは有っても良い。写真家や報道カメラマンだったら、大半は今のままで満足するだろう。それでも、私が写真家だったらやっぱり不満だ。もう少しカメラの枠を外して考えた方が良いと思う。カメラ=写真の時代なのではないか。カメラが攻めの姿勢に入らないのであれば、一部の写真家と写真愛好家だけの製品になってしまうのは時間の問題だろう。10年後には、ニコンやキャノンも今のハッセルブラッドやライカのような存在になっているのかも知れないなんていうのは、見たくもない悪夢である。なにしろ一眼は日本製品が唯一と言って良いほど圧倒的なシェアーを誇っている工業製品なのだから。
土曜日, 1月 25, 2014
望ましいEVF(電子ビューファインダー)
前回に引き続き、EVF(電子ビューファインダー)のことを書きます。現在のEVFは撮像素子で撮った画像をそのまま表示しているだけです。光学ファインダーは、ミラーやレンズを使ってはいるものの、基本は人間の目です。一番大きな違いは、明るさの範囲をどこまで許容しているかということです。例えば、周りが暗くて真ん中だけが明るい被写体を覗いたとします。人間の目には、暗い部分もそこそこ見ることができ(勿論程度にもよります)、しかも明るい部分もちゃんと見えます。一方、カメラの画像はどうでしょうか?明るい部分がちゃんと見えるようにすると、周りの暗い部分は真っ暗になります(つぶれてしまう)。周りの暗い部分が少しでもなにが写っているかを見極めるように設定すると、真ん中の明るい部分が飽和してしまいます(飛んでしまう)。
最近カメラには部分的に露出を補正する機能があり、明るい背景で人物の写真を撮った時などに顔の部分の露出を増やし、顔が真っ暗にならないような機能があります。しかし、それは撮った写真の結果であって、ビューファインダーで見ている時は機能しません。
人間の目のような機能をビューファインダー(実際には、カメラのセンサーと画像処理エンジン)に入れないと、人間の目の代わりになるビューファインダーは実現できません。ディスプレイでは、アップルがレチーナディスプレイと称していますが、レチーナは網膜ですから、本来ディスプレイに使うのは正しい表現ではありません。本当のレチーナビューファインダーが出てきてほしいのですが、そのためには、人間の目の構造をもっと知って取り組んでほしいと思います。
最近カメラには部分的に露出を補正する機能があり、明るい背景で人物の写真を撮った時などに顔の部分の露出を増やし、顔が真っ暗にならないような機能があります。しかし、それは撮った写真の結果であって、ビューファインダーで見ている時は機能しません。
人間の目のような機能をビューファインダー(実際には、カメラのセンサーと画像処理エンジン)に入れないと、人間の目の代わりになるビューファインダーは実現できません。ディスプレイでは、アップルがレチーナディスプレイと称していますが、レチーナは網膜ですから、本来ディスプレイに使うのは正しい表現ではありません。本当のレチーナビューファインダーが出てきてほしいのですが、そのためには、人間の目の構造をもっと知って取り組んでほしいと思います。
水曜日, 1月 08, 2014
現状の電子ビューファインダーEVFの問題点
前回EVF(電子ビューファインダー)について書きましたが、現状の電子ビューファインダーはまだまだ未熟という感じです。問題点はいくつかあります。
第一に、精細度が不足しているという点です。光学的なファインダーで見た場合はかなり細かい部分まで見ることができて、フォーカスも十分に確認できます。しかし、EVFは本当に細かいところがなんとなくごまかされてしまっているような感じです。それに、画像にしっとり感が無いのも気になります。解像度のせいかギトギトしているものもあります。
第二に、応答が悪いことです。液晶画面でのライブビューと同じですから、撮像素子のレートの影響もあると思いますが、カメラを横方向に動かすと応答の遅さが目立ちます。購入される際には、横に動かして確認することをお薦めします。
第三に色あいが違っていることです。これはカメラで被写体を写した時にも同じことが言えるのですが、撮ってしまったものを後から見て色合いが違うと判断するのは結構難しいことですが、現実に目の前にある景色や被写体が、EVFを通して見ると違って見えるのですから、どうしても気になってしまいます。
第四に、覗いた瞬間に真っ暗になっていることがあるということです。これは機種にも依るようですが、一瞬一眼でキャップが付いているのかと思ってしまうことがあります。覗いた時にEVFを動作させるという機能のようですが、余りにも応答が悪いのでしょう。
第五に、これは前回に書いたことと重複しますが、カメラの撮像素子の画像をそのままEVFに流せばよいという発想が間違っていると思います。撮像素子の出力を使うのは当然でしょうが、それをもう少し肉眼で見た画像に近づけるように工夫をしてほしいということです。これについては、また別途書くことにします。
何れにしても、現在のEVFはどのメーカの製品も相当問題があります。ミラーレスで、EVFなしで液晶パネルのみというのは、私は使う気になりませんが、EVFを搭載するのであれば、もう少しまともなEVFを搭載してほしいと思います。今のEVFは液晶画面をファインダーでのぞけるようにしただけです。
第一に、精細度が不足しているという点です。光学的なファインダーで見た場合はかなり細かい部分まで見ることができて、フォーカスも十分に確認できます。しかし、EVFは本当に細かいところがなんとなくごまかされてしまっているような感じです。それに、画像にしっとり感が無いのも気になります。解像度のせいかギトギトしているものもあります。
第二に、応答が悪いことです。液晶画面でのライブビューと同じですから、撮像素子のレートの影響もあると思いますが、カメラを横方向に動かすと応答の遅さが目立ちます。購入される際には、横に動かして確認することをお薦めします。
第三に色あいが違っていることです。これはカメラで被写体を写した時にも同じことが言えるのですが、撮ってしまったものを後から見て色合いが違うと判断するのは結構難しいことですが、現実に目の前にある景色や被写体が、EVFを通して見ると違って見えるのですから、どうしても気になってしまいます。
第四に、覗いた瞬間に真っ暗になっていることがあるということです。これは機種にも依るようですが、一瞬一眼でキャップが付いているのかと思ってしまうことがあります。覗いた時にEVFを動作させるという機能のようですが、余りにも応答が悪いのでしょう。
第五に、これは前回に書いたことと重複しますが、カメラの撮像素子の画像をそのままEVFに流せばよいという発想が間違っていると思います。撮像素子の出力を使うのは当然でしょうが、それをもう少し肉眼で見た画像に近づけるように工夫をしてほしいということです。これについては、また別途書くことにします。
何れにしても、現在のEVFはどのメーカの製品も相当問題があります。ミラーレスで、EVFなしで液晶パネルのみというのは、私は使う気になりませんが、EVFを搭載するのであれば、もう少しまともなEVFを搭載してほしいと思います。今のEVFは液晶画面をファインダーでのぞけるようにしただけです。
水曜日, 10月 23, 2013
EVF勝負の時代が来るか
前回も書きましたが、一眼レフと競合するミラーレスが出てきました。それではこの先を予測すると何か起きるのでしょうか。私は最終的にはミラーレスに置き換わると思っていますが、一つだけ条件があります。それはEVFです。電子ビューファインダーです。これが現状よりももっと進化することではないでしょうか。もっと進化というのは、EVFのメリットを生かすということです。今までにもEVFと光学ファインダーを両方備えた機種がありました。これは、別の見方をすると、EVFが物足りないということです。
一番気になるのは、リアルなイメージとの差です。ザラつき感やギラつき感でしょうか。もっとしっとりとした画像になって欲しいと思います。それと、応答や諧調も気になります。明るい部分によって暗い部分がつぶれてしまうとか、その逆のようなことが起きます。写す写真と同じようなレベルではEVFミラーレスは一眼レフに近づけません。もっと人間の目を研究する必要があると思います。
更に注目しているのは、EVFにすることによりファインダーからの情報をカメラが取得できる可能性が広がることです。人間の瞳孔の動きを観察するには光学ファインダーよりも制限が少なくなります。人間の瞳孔の動きをみて焦点合わせの位置を選択したり、露出を部分的に変えたりすることが出来るはずです。
光学ファインダーを取り外して、それに代わるものがEVFというのが従来の考えですが、EVFという新しい表現手段と、新しい入力パーツが得られたという発想があれば、可能性はもっと広がると思います。光学ファインダーに近づけるというより、EVFだからこそ実現できるような機能を入れることによって本当のミラーレスが完成するのではないでしょうか。
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一番気になるのは、リアルなイメージとの差です。ザラつき感やギラつき感でしょうか。もっとしっとりとした画像になって欲しいと思います。それと、応答や諧調も気になります。明るい部分によって暗い部分がつぶれてしまうとか、その逆のようなことが起きます。写す写真と同じようなレベルではEVFミラーレスは一眼レフに近づけません。もっと人間の目を研究する必要があると思います。
更に注目しているのは、EVFにすることによりファインダーからの情報をカメラが取得できる可能性が広がることです。人間の瞳孔の動きを観察するには光学ファインダーよりも制限が少なくなります。人間の瞳孔の動きをみて焦点合わせの位置を選択したり、露出を部分的に変えたりすることが出来るはずです。
光学ファインダーを取り外して、それに代わるものがEVFというのが従来の考えですが、EVFという新しい表現手段と、新しい入力パーツが得られたという発想があれば、可能性はもっと広がると思います。光学ファインダーに近づけるというより、EVFだからこそ実現できるような機能を入れることによって本当のミラーレスが完成するのではないでしょうか。
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木曜日, 10月 17, 2013
ソニーα7R、α7 Aマウントは消滅?
ソニーがフルサイズのミラーレスを発表しました。α7Rは3640万画素で、ミラーレスとしてEVF(電子ビューファインダー)を搭載しましたので、完全に一眼レフの領域に踏み入れたことになります。今までは、一眼レフを共食いしないようなスタイルがミラーレスへのスタンス(一眼レフを持ってないメーカは最初から一眼レフを喰おうという姿勢)でしたが、ソニーはAマウントとぶつかる領域に足を踏み入れたわけです。というより、Aマントが無くなるのは時間の問題です。おそらす、α7のスタイルでこれから低価格モデルを出し来ると予想されます。
もともとソニーのAマントは一眼レフとは言えないものでしたし、シェアー的にも苦しい状況でしたから、一眼レフと競合する製品を出すことに殆ど戸惑いは無かったと思います。ミラーレスが出てきた時に、いずれこういう方向に行くとは思っていましたが、思ったよりも時間がかかったというのが私の印象です。
ミラーレスはコンパクトの形から入ったのですが、私はコンパクトのようにファインダーレスで一眼を使う気にはなれませんでした。どうしてもブレが大きいし、狙った被写体からどうしてもズレてしまうからです。それに年を取ると液晶パネルは見ずらいし、明るいとことではさらに見づらくなりどうしよもないのです。そこにスマホのカメラ機能がコンパクトに重なってきたので、やはりカメラとしては御本尊(一眼レフ)の領域をなんとかしなければ立ち行かなくなるという危機感はあったのだと思います。
一眼レフの2大メーカも追従せえざるを得なくなるでしょう。本格的一眼ミラーレスの戦いの火ぶたが切って落とされたとも言えます。
もともとソニーのAマントは一眼レフとは言えないものでしたし、シェアー的にも苦しい状況でしたから、一眼レフと競合する製品を出すことに殆ど戸惑いは無かったと思います。ミラーレスが出てきた時に、いずれこういう方向に行くとは思っていましたが、思ったよりも時間がかかったというのが私の印象です。
ミラーレスはコンパクトの形から入ったのですが、私はコンパクトのようにファインダーレスで一眼を使う気にはなれませんでした。どうしてもブレが大きいし、狙った被写体からどうしてもズレてしまうからです。それに年を取ると液晶パネルは見ずらいし、明るいとことではさらに見づらくなりどうしよもないのです。そこにスマホのカメラ機能がコンパクトに重なってきたので、やはりカメラとしては御本尊(一眼レフ)の領域をなんとかしなければ立ち行かなくなるという危機感はあったのだと思います。
一眼レフの2大メーカも追従せえざるを得なくなるでしょう。本格的一眼ミラーレスの戦いの火ぶたが切って落とされたとも言えます。
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